2016.5.25
Report 1/3

本と仲良くなる方法

講師:幅允孝(BACH代表/ブックディレクター)

国立新美術館のミュージアムショップ「SOUVENIR FROM TOKYO」や神楽坂の複合ショップ「la kagu」など、さまざまな施設のライブラリーの選書を担当。ブックディレクターとして活躍する幅允孝さんに、仕事内容や本との付き合い方、さらにおすすめの書籍までうかがいました。

「人を待つ」ではなく「人のいる場所に本を持って行く」

大学卒業後、青山ブックセンターに勤めた幅さん。その後、雑誌『ブルータス』創刊時に編集長を務めた石川次郎さんの会社に入り、26歳でTSUTAYA TOKYO ROPPONGIの選書を任されます。そして、amazonが日本で浸透してきた2000年あたりから「本屋で人を待っていてもらちがあかない、逆に人がいる場所にどんどん本を持って行こう」と考えるようになり、2005年に自身の会社「BACH(バッハ)」を立ち上げました。

初期衝動は「自分の好きな本を共有したい」というマインド。選書をするときは、「どんな本でもどこか面白いところを見つける」ようにしています。気分としては、日曜洋画劇場でおなじみだった、映画評論家の淀川長治さん。彼はどんな映画でもほめるんです。たとえ駄作でも、女優さんのえくぼがいい、と言ったり(笑)。映画をたくさん観てきたからこそ、「観る器」みたいなものが大きくなって、どんなものでも楽しめるようになっていったのかもしれません。僕も、読んだ本にはなるべくマルをつけて、面白かった側面を伝えていきたいと思っています。

本を届けるコツは、相手の内側との結び目づくり

現在は本の売上が減少している一方で、1日あたり2000タイトル以上が出版されています。膨大な種類の本を、うまく交通整理をしたいというのが幅さんの考え方。しかし、よかれと思って薦めても、ただの「おせっかい」と受け止められることも……。そんなとき大切にしているのは「届けたい相手の話を聞く」こと。

福岡のイベントで、小学生にスティーブンソンの『宝島』を紹介したときのことです。おすすめポイントを熱く語ってもまったく響かなくて、「海賊もので好きな本はありますか?」と聞いてみたんです。答えは、当然のようにマンガ『ワンピース』。でも実は、『ワンピース』も『宝島』も史実にもどづいているから、登場人物は似ているんです。そんな話をしていたら、さっきまで関係ないやと思っていた子どもたちも、ちょっとずつ興味を持ってくれて。『宝島』と『ワンピース』、『ワンピース』と自分、というように関係がつながる。本を紹介するときは、こうやって結び目をつくるのが大切なんだって。

また、京都市動物園の図書館リニューアルの仕事を手がけたときのこと。古い面白い本があるけれど専門的な書籍が多く、一般の人には敷居が高いと感じた幅さんは、みんなが手に取りやすい本を並べるべく、飼育員さんとやり合いながら選書を進めていったそう。

僕らは、素人だからできることをやっていきたいと思っているんです。たとえば、動物行動学の分野でも読みやすい日高敏隆さんの本。鳥の巣を宝石のようなライティングで撮った美しい図鑑。昔の動物画も一緒に眺められるように、伊藤若冲の作品集も。『とりぱん』という漫画を置いたり、いろんなジャンルを横断させました。普通の図書館ではあっちこっちに散らばっているものを集めて、再編集する感じですね。

人の気分はわからない、でも本は待っていてくれる

さまざまな本を見てきた幅さんに、本との付き合い方もうかがいました。今は購入前にインターネットで調べる風潮がありますが、食べ物よりも個人的な嗜好に左右されやすい読書については、それほど事前情報が頼りにならないのでは? と言います。

僕にとって本屋に行くことは、自分の無意識を狩りに行く感覚。荷物を軽く、トイレは済ませ、腹六分目に(笑)。全然気にしていなかったのに、本屋で見て急に惹かれる本ってありますよね。それはどこかで自分の「無意識」が反応しているから。本って自分の判断で近づくことも離れることもできるメディアだから、自分の直感が「行け!」と囁いたら、行っちゃう。迷ったら買います。

続けておすすめの読書法について。幅さんは常に、気軽に読める軽いものから骨太で読みごたえのある本まで4冊ほどを、その日そのときの気分に合わせて読むそう。無理をしない読み方が一番大事なのだとか。

今夜の夕食を選ぶように、読む本を選ぶんです。すると当然、いつまでも読み進められない本が出てくる。そういう本は、トイレの「待ち本コーナー」に置いておくんです。売ったり貸したりすると永遠に忘れ去ってしまうけれど、毎日トイレに座ったときに目の前に置いてあると、ある日、急に読みたくなったりする。人の気分はわからない、でも本は待っていてくれるんです。

本と仲良くなるためには、答えを求めすぎないこと。いい本も悪い本もないし、勝ち負けもない。今の自分に合う本、合わない本があるだけ。読書は、いわば最高に優雅でぜいたくな暇つぶし。

答えを求めすぎると視野が狭くなりますから。いろんな方向から光を照射されるからこそ、見えてくる情報や文章があると思うんです。答え探しではなく、疑問を見つけていくほうがうまく付き合えるんじゃないかな。そうやって、好奇心をつなげていくことが大切だと思います。ゆっくり、じわじわと、いつ花が咲くかわからない種まきの感覚ですね。

詩集にマンガ、絵本まで。こんな本はいかがでしょう?

最後に、最近読んだ中からおすすめの本を教えてもらいました。女性の詩がすごく好きだという幅さんおすすめは、最果タヒさんの詩集『夜空はいつでも最高密度の青色だ』。本を読む時間がない人には、きれのあるショートショート、田丸雅智さんの『海色の壜』。さらに短編マンガ、九井諒子さんの『ひきだしにテラリウム』など。さらに、幅さんにとってのベスト絵本の紹介も。

1950年代に書かれたポーランドの絵本『よあけ』です。真夜中に湖の岸辺で寝ていたおじいさんと孫が、毛布を巻いてボートを押し出し、湖に漕ぎだす。オールの音、飛沫。そのとき、ぱっと朝焼けが来る……。なんてことのないストーリーですが、ポーランドは第二次世界大戦の戦場になって大変な思いをした国。なんでもないような朝焼けが、どれだけ美しいかをこの一冊で表現しています。ほかにもおすすめしたい本はたくさんありますが、みなさんもいろんな種類の本を面白がって読んでみてください。

そのほかにも多くの本をすすめてくれた幅さん。授業の締めくくりは、CLASS ROOM恒例の質問「幅さんにとって、よい暮らしとは?」。

これはまた大きい質問ですね。家内安全と健康……は冗談だとして(笑)。「余白がある」ということではないでしょうか? さまざまなメディアの時間の奪い合いの中で、なんでもない時間を持つ。いつもはしないことをしてみたり、自分の内面を捉え直したり。そんなことが豊かなんじゃないかって思います。

>>交流会の様子はこちら

幅允孝(BACH代表/ブックディレクター)

1976年愛知県津島市生まれ。有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。未知なる本を手にしてもらう機会をつくるため、本屋と異業種を結びつけることや、病院や企業ライブラリーの制作などしている。代表的な場所として、国立新美術館「SOUVENIR FROM TOKYO」や「Brooklyn Parlor」、伊勢丹新宿店「ビューティアポセカリー」、「CIBONE」、「la kagu」など。その活動範囲は本の居場所と共に多岐にわたり、編集、執筆も手がけている。著書に『本なんて読まなくたっていいのだけれど、』、『幅書店の88冊』、『つかう本』、『本の声を聴け ブックディレクター幅允孝の仕事』(著・高瀬毅/文藝春秋)も刊行中。愛知県立芸術大学非常勤講師。
【BACH】http://www.bach-inc.com/

TOPへ戻る