LUMINEの1枚のポスターから生まれたショートストーリー。 あたらしい時代がはじまる 変化の空気をかんじながら、 自分のペースを整える そんな小さな物語です。
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第6話

太平洋へのラブレター

港から、ゆるやかな坂道が続いていく。
雲ひとつない青空。道路脇の咽せかえるような草の匂いにイライラする。
今頃はハワイにいるはずだった。結婚式の会場を下見がてら、思う存分遊ぶはずだった。彼に急な仕事が入らなければ。
思い出すたびやるせなくて、一息つこうと振り返ると、海の眩しさにクラクラした。

暇になったんだから、ちょっとおばあちゃんの様子見て来てよ
母の一言を安請け合いしたのが甘かった。
ドタキャンがショック過ぎて、冷静な判断ではなかったと今は後悔しかない。
ゴールデンウィークが終わったばかりだというのに、Tシャツ1枚でも汗が滲む。
なぜバスに乗らなかったのか?
暇だったからだ。
歩いて30分ほどの距離なら散歩がてらと思ったのが甘かった。

広島県江田島。
東京から半日かかるこの島に、母のおばあちゃん、つまりわたしのひいおばあちゃんはずっとひとりで暮らしていた。
遠かったでしょう
手作りの紫蘇ジュースで労ってくれたのは、ケアハウスのスタッフの方だった。わたしとさほど変わらぬ年齢だろうか。せっかく来ていただいたのにと、申し訳なさそうにされているのが、なんだか申し訳ない。

窓辺にあるベッドで、卒寿をこえた曽祖母はぐっすりと眠っていた。
何かあれば声をかけてくださいねと、スタッフさんは部屋の扉を閉めた。
寝顔に手のひらをかざしてみたが、起きる気配はない。
10年以上ご無沙汰していたひいおばあちゃんは、すっかりおばあちゃんになっていて、掛けぶとんの膨らみの小ささに、胸が締めつけられた。

それでは、失礼いたします
念のため小さく声をかけて、ベッドの脇に置いてある革張りのトランクを、わたしはそっと開けてみた。
中には無数の封筒が入っていて、いちばん上にある手紙から開いてみる。

令和元年5月1日 水曜日
お元気でしょうか
そちらはもう、お暑いでしょうか
昭和が終わり、平成が終わり、
今日から令和という名前の時代が始まりました
まだ聞き慣れませんが、どうか戦争のない平和な時代でありますように
千代

ちょうど10日前のものだ。
封筒の多くは、なぜだかエアメールで、Mr. MITSUAKI SHODA とローマ字で丁寧に書かれていた。
誰なんだろう。
ひいおばあちゃんをじっと見ても、寝息が聞こえるだけで答えてはくれなかった。

平成301231日 月曜日
お元気でしょうか
今日は写真館の吉田さんが苺を持ってきてくれました
娘さんの鈴子ちゃん、来年は還暦なんですって
皆さんに良くしていただいて、わたしもどうにか年を越せそうです
良いお年をお迎えくださいね
千代

いくつかの封筒を開けて読んでみたが、どれも短い日記みたいな内容だった。それでもボールペンで書かれた文字の丁寧さは、誰かに向けられたものであることを感じさせた。
うーん。困ったぞ、と正直思った。盗み読みしているようでうしろ暗いわりに、まったくおもしろくない。

平成7年8月15日 火曜日
お元気でしょうか
戦争が終わって今日で50年経ちました
わたしも68歳のおばあちゃんなんて夢のようです
千代

平成2年3月31日 土曜日
お元気でしょうか
満開の桜のもと、善郎さんの三回忌が無事に終わりました
なんだか気が抜けてしまったので、くわしくはまた書きます
千代

昭和601115日 金曜日
お元気でしょうか
光恵ちゃんが新婚旅行でハワイに行ったそうです
お土産にチョコレートと、お花の香りがする石鹸を送ってくれました
旦那さまと一緒に真珠湾に献花をしてくれたそうです
わたしは幸せ者です
千代

曽祖母の書くハワイという文字が意外だった。
光恵ちゃんであるわたしの母は閲覧可・持ち出し不可の手紙だと言っていた。そしてなんでわたしに読むように言ったのか、わかった気がした。
Mr. MITSUAKI SHODAは、もしかして戦争に行った恋人に宛てた手紙なんじゃないか?
そう思ったら、便箋を持つ手が震えそうだった。

沙織ちゃん?
わたしを呼ぶ小さな声がした瞬間、一筋の涙が溢れ落ちた。
今度結婚するんだって? おめでとうございます
ひいおばあちゃんの手を握って、ありがとうと言うのが精一杯だった。
トランクの底の方に……
Mr. MITSUAKIは、ひいおばあちゃんのお兄さんで、ひいおじいちゃんの親友だったと教えてくれた。
白いハンカチに包まれた一通の手紙には、妹の幸せを願う文字が小さくいっぱいに綴られていた。

74年間、太平洋のどこに届ければわからなかったエアメール。住所のないエアメール。
今度は彼と一緒に会いに来るね。
その約束なら、彼は何があっても守ろうとしてくれるだろうと思った。

Written by Mariko Ogata

こぼれなかった涙も心の中で乾いていく

尾形真理子

クリエイティブディレクター/
コピーライター
おもな仕事に、LUMINE、資生堂、キリンビール、東京海上日動あんしん生命、日産自動車、
Tiffany&Co.など。
東京コピーライターズクラブ会員。TCC賞、朝日広告賞グランプリ他受賞多数。試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。(幻冬舎)で、小説デビュー。

蜷川実花

写真家、映画監督
木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。映画さくらん(2007)、ヘルタースケルター(2012)監督。映像作品も多く手がける。2016年、台湾の現代美術館(MOCA Taipei)にて大規模な個展を開催し、同館の動員記録を大きく更新した。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事就任。

関谷奈々

アートディレクター
ルミネ シーズンビジュアルの アートディレクターを2014年から手がける。他にNEWoManのロゴ開発、KOSE、サントリー、LAWSONなど、グラフィックからパッケージのデザイン、ロゴ開発まで幅広く手がける。

LALA TAKAHASHI

UNDERCOVERのデザイナーの父、元モデルの母を持つ17歳。
幼い頃より、トップクリエーターの感性とアートに触れてきたLALA。その独特のセンスと存在感で、モデルデビューするなり数多くのマガジンに出演し、it modelとして注目を集める。
注目は日本に留まらず、世界のメジャーなマガジンやメディアなどからのインタビュー、イベントやショーの出演など、世界で活躍中。

Special Short Story
One piece of a woman