LUMINEの1枚のポスターから生まれたショートストーリー。 秋の訪れとともに、自分の心にも変化が訪れる。 女性たちが一歩踏み出すための、小さな小さな物語です。
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第4話

自惚れ母娘

父の病気が発覚した。
還暦を前にして、風邪以外の病を得た。幸い手術をすれば、大きな心配はないらしい。
久しぶりに、ゆっくり本でも読むかな
入院を前に、父はいたって暢気なもんだ。
問題は、母である。
母の様子がおかしいのである。

わたしの母は、わりと美人だ。
頭の回転が速く、物事をはっきり言うタイプ。医学書専門の翻訳の仕事をしている。
それに比べて父は、穏やかというか、地味というか、仕事の帰りが遅いのも母の方が圧倒的に多かった。
そんなわけで我が家の一人娘の夜ごはんも、愛犬コテツの散歩も、父の役目だった。

買い物でも行かない?
母から誘われて休日の街に出た。特に欲しい物はなかったが、なんだか断ったら可哀想な気がした。
ちょっと、渡ろうよ
数寄屋橋交差点の信号が変わっても、母は気づかないでいた。30分も並んで入ったショコラのカフェで、母はコーヒーしか頼まなかった。
食欲ないの?
とココアをふうふうしながら聞いたら、
ダイエットしようかなって
と、母から謎の答えが返ってきた。

わたしが中学2年生のときに、グレープフルーツダイエットが流行った。ごはんの代わりに無制限に食べるだけ。みるみる痩せるし肌にも良いらしいと実践しようとしたら、
あなた、バカなの?
って、母にあきれられた。
どんな栄養でも過剰摂取したら意味がない。
食べるだけで痩せたら、もはやそれは毒だ。
あまりの説得力に、わたしはそれ以来ほどほどのごはんと運動でダイエットはしたことがない。

目を大きく見せるマスカラが買いたいと、母が言い出した。
若い子はみんな使っているのでしょう? と。
わたしは父に似て、目が細い。それが幼い頃はコンプレックスだった。
母のようなはっきり二重の大きな目に、なぜわたしも産んでくれなかったのかと、泣いて訴えたことがある。
小学3年生のときに、隣の席の男子が目尻を指で引っ張って、からかってきたのだ。

いつも笑っていればいいじゃない
そのときも母は、ぴしゃりと言い放った。笑えば誰だって目が細くなる。目が大きいも小さいもない。
その日以来、わたしは良く笑うようになった。
笑った顔が可愛いと褒められたりして、男の子にだってそこそこモテる女に育った。
そんな母が、なぜこのタイミングでマスカラなのか……

両手いっぱいの紙袋のせいで、家までタクシーで帰ることになった。
こんなに散財する母は、はじめてだった。
コスメ売り場からショップを次々に移動して、母は大量の洋服を試着した。歳のわりに体型が崩れていない……というと失礼かもしれないけど、我が母ながら秘かにリスペクトしている。
洋服の着こなしもシンプルで、センスがいい。
だけど今日の母は、
老けてみえないか?
と心配したそばから、
若作りでイタくないか?
と妙に不安がって店員さんを困らせている。

それでも念入りに、明るい色のニット、小花柄のシャツワンピース、タイトなパンツとワイドパンツにペンシルスカート。いつもだったら選ばなそうなファーのコート(でもけっこう似合っていた)。靴も2足買い足していた。
ボーナスを今日で使い切るんじゃないかと娘ながらに心配になったけど、
付きあってくれたお礼だと、わたしにも小さなパールのピアスを買ってくれた。

父が入院する日、母もわたしも仕事を休んだ。わたしはたまたま代休だっただけだけど。
個室が空いていたので、数冊の本を抱えてホテル暮らし気分と、父は相変わらず暢気だった。窓の外には、見事に黄色くなった銀杏の木が見えた。
母はいつもよりしっかりマスカラをして、この前買ったばかりのあたらしい服を着ていた。どうやら美容室にも行ったらしい。
母の緊張した横顔が、なんだかとてもキレイに見えた。

手続きを終えてから、3人で手術の説明を聞く。若くて男前な主治医の先生に、わたしはちょっとドキドキした。母はさすが職業柄、いくつかのリスクを要領よく確認し、若い先生をフォローするように、父とわたしにわかりやすく説明してくれた。その姿は、やっぱりなんだか素敵な女性だった。

病院からふたりで歩く帰り道、
お父さんの病状、もっと深刻だと思ってた?
と、聞いてみた。
この数週間の母の様子は、やっぱりおかしかったから。
母は前を向いたまま、ぽつりと答えた。
あの人、わたしが好きだから
一瞬、母の言葉の意味が理解できず、歩く足が止まった。
だって元気でいて欲しいじゃない
もうわたしは、えええぇぇえと大きな声が出てしまう。

母は、自分がキレイだと、父が嬉しいと信じている。そして父のためだけじゃなく、キレイを磨くことは、自分を元気づけることも知っている。たとえそれが自惚れだとしても。
お母さんって、すごいわ
ふいに恥ずかしいことが口をついた。
母は、大きな目を細めて嬉しそうに笑った。
顔も性格も似ていない娘だけど、わたしも母のように生きたいと思う。

Written by Mariko Ogata

愛が複数になって、女は素晴らしくなる。

尾形真理子

クリエイティブディレクター/
コピーライター
おもな仕事に、LUMINE、資生堂、キリンビール、東京海上日動あんしん生命、日産自動車、
Tiffany&Co.など。
東京コピーライターズクラブ会員。TCC賞、朝日広告賞グランプリ他受賞多数。試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。(幻冬舎)で、小説デビュー。

蜷川実花

写真家、映画監督
木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。映画さくらん(2007)、ヘルタースケルター(2012)監督。映像作品も多く手がける。2016年、台湾の現代美術館(MOCA Taipei)にて大規模な個展を開催し、同館の動員記録を大きく更新した。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事就任。

関谷奈々

アートディレクター
ルミネ シーズンビジュアルの アートディレクターを2014年から手がける。他にNEWoManのロゴ開発、KOSE、サントリー、LAWSONなど、グラフィックからパッケージのデザイン、ロゴ開発まで幅広く手がける。

八木莉可子

滋賀県出身。
雑誌seventeenが開催するミスセブンティーン2016のグランプリを獲得し専属モデルとして活動中。
ドラマ、広告に出演するなど女優として活躍の場を拡げている。

Special Short Story
One piece of a woman