LUMINEの1枚のポスターから生まれたショートストーリー。 あたらしい時代がはじまる 変化の空気をかんじながら、 自分のペースを整える そんな小さな物語です。
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第9話

止まないエールを、自分にも。

卒業10周年を記念して、初めての同窓会が開かれる。
2010年3月22日の月曜日。わたしたちは晴れて高校を卒業して、バラバラになった。翌年の1周年には集まろうなんて涙ながらに約束したけど、震災があってそれどころじゃなくなった。それからわたしたちは、それぞれに大人になったのだ。

2020年3月22日の日曜日。同窓会に向かう途中で電車を降りた。高校時代の3年間、毎日通った駅だった。
あの頃にはなかった駅前のカフェに入り、スマホと睨めっこをする。今日のために作られたSNSグループ上では、美容室が混んでて遅刻しそうとかバスケ部のあの子も来るってとか、浮き足だったメッセージが飛び交っている。1152分。あと数分で同窓会は始まろうとしていた。

急な仕事が入っちゃって欠席します。楽しみにしてたのに残念です
昨夜から準備していたメッセージ。送信ボタンを押すなら今しかない。指先の淡いマットピンクのネイルは、今日のために奮発したものだったけれど。
ここ、いいですか
その声にビクッとして、隣の椅子に置いたクラッチバッグをどかそうとした。慌て過ぎだ。口が開いたままだったから、中身が勢いよく床にこぼれ落ちる。
ハンカチ、化粧ポーチ、名刺入れ。
いつの間にか店内は満席になっていたようで、集まる視線が痛かった。
なんか、すいません
隣に座ろうとした男性が、責任を感じてか床にしゃがんで拾ってくれる。その横顔には見覚えがあった。

森安くん?
咄嗟に名前が出たことが、自分でも意外だった。
安森です
口臭防止のタブレットを拾いながら、彼はひとこと訂正した。穴があったら入りたいとはこのことである。

もう3月も下旬だというのに、安森くんは厚手のダッフルコートにタートルネックのニットを着ていた。高校時代、一度も喋った記憶はない。確か美術部だったような。どうやら彼も、わたしが同級生であることに気づいたようだった。
安森くん、同窓会、行かないの?
欠席の連絡をしたよ。天馬志保さんは行かないの?
フルネームで呼び返されて、わたしはさらに深い穴を探したくなった。

わたしたちの高校は、都内でも有数の進学校だった。そしてわたしは、いわゆるスクールカーストの上位にいた。大きな目とふっくらした唇は子どもの頃から男子を惹きつけたし、明るい性格で女子人気も高かった。とりあえず名のある大学に滑り込めればと、勉強はそこそこで毎日バカみたいに騒いでいたっけ。
ちょっと迷ってて……
返事に臆するわたしに、
天馬さんみたいな人が出席するんだと思ってた
と、安森くんはコーヒーにミルクを入れながら言う。
わたしみたいな人って……?
いや、ごめん。良く知らないけど。なんか高校時代は無敵みたいに見えてたから

同窓会に行きたくない理由が、自分でも良くわからない。28歳になって、そりゃあの頃よりは劣化しているのかもしれないけど、それはみんな同じことだ。時間は平等に過ぎている。結婚している子と、独身の子は、半々ぐらいだろうか。久しぶりに顔を合わせて、それなりに楽しく喋ればいいだけだ。なのに、こんなにも気が乗らないのはなんでなんだ。

口が重くなったわたしに、安森くんは戸惑っているのだろう。眼鏡の奥で、長いまつ毛をシパシパさせた。
安森くんは、いま何をしてるの?
卒業してからってこと?
うん
2浪して、地方の医大に進学して、臨床研修がやっと終わったところ
えー、そんな夢があったんだぁ
いや、叶えるのはこれからだけど
笑顔を崩さないようにするのが精一杯。自分の心がえぐられる感覚があった。安森くんが悪いわけじゃない。だけどこの傷は、放っておくとどんどん深くなる気配がある。自分で自分にガッカリする感じ。
高校生ってヤツは、一体何を思ってイケてるとか、イケてないとか、他人を分類してたのだろうか。

ねぇ、今から高校に行ってみない?
安森くんは突然の誘いに、一瞬怪訝な顔を見せたが、
まぁ、近いし
と、わたしの後をついて店を出た。

駅から続く緩やかな坂を10分ほど上ると、懐かしい校舎が目に入ってきた。もう春休みの日曜日だが、運動部の生徒だろうか。大きな声が聞こえてくる。
あの校舎の中に、18歳の自分がいるような気がした。
天馬さんは、いまどうしてるの?
後ろから安森くんの声が聞こえる。

あの頃のわたしは、それなりの大学に入れば、人生は大丈夫だと思っていた。それなりの企業に入り、希望したマーケターになって、近しい境遇の彼氏や友だちがいれば、世の中的にOKだと思っていた。
わたしはいま、何もしていない
ごめんなさい、安森くん。
あなたが無敵だと思ったわたしには、確かに敵もいないけど、きっと本当の味方もいないよ。10年をそれなりに過ごしていたら、最近はなんだか淋しいと思う気持ちが多くなった。淋しいというより、虚しいのかもしれない。

同窓会で18歳のわたしに会いたくなかったのだ。カースト上位のわたしを演じられる自信がなかった。
安森くんには無敵に見えていたんだね……
無性に勇気づけて欲しくて言葉にしたら、その答えは意外なほど軽かった。
好きな漫画の主人公と同じ名前だったからだけど。Dr.テンマっていう無敵のヒーローでさ
ちょっと恥ずかしそうに笑う彼は、それでも堂々として見えた。
急に肩の力が抜け、思いがけず安森くんとふたりきりの同窓会だと思うとおかしくなってきた。
それなりだけが、わたしじゃない。
そう思えただけで、今日までのわたしからは卒業できる気がした。

Written by Mariko Ogata

止まないエールを、自分にも。

尾形真理子

クリエイティブディレクター/
コピーライター
おもな仕事に、LUMINE、資生堂、キリンビール、東京海上日動あんしん生命、日産自動車、
Tiffany&Co.など。
東京コピーライターズクラブ会員。
TCC賞、朝日広告賞グランプリ他受賞多数。試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。(幻冬舎)で、小説デビュー。

蜷川実花

写真家、映画監督
木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。
2/27より世界190ヶ国で配信されるNetflixオリジナルシリーズFOLLOWERS監督。映像作品も多く手がける。個展 蜷川実花展-虚構と現実の間に-が全国の美術館を巡回中。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事。

関谷奈々

アートディレクター
ルミネ シーズンビジュアルの アートディレクターを2014年から手がける。他にNEWoManのロゴ開発、KOSE、サントリー、LAWSONなど、グラフィックからパッケージのデザイン、ロゴ開発まで幅広く手がける。

美佳

モデル
2001年8月30日生まれ。日本とフランスのハーフ。フランス生まれ。2019年7月から本格的にモデル活動を始めて、わずか2ヶ月という短期間で、ミラノコレクション・パリコレクションでランウェイデビューを果たし、CHANELLOUIS VUITTONなど計10ブランドのランウェイを歩いた。
今後は東京を拠点とし、海外で幅広く活動する。

Special Short Story
One piece of a woman