LUMINEの1枚のポスターから生まれたショートストーリー。 あたらしい時代がはじまる 変化の空気をかんじながら、 自分のペースを整える そんな小さな物語です。
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第8話

偏愛の観察

同棲するには、好きなものより、嫌いなものが共通していること。まことしやかに囁かれるこの一般論が真実なのか。僕は身をもって確かめることにした。

じゃあ、行ってくるね
玄関の扉を開けると、ひんやりとした空気が部屋の中まで入ってきた。今朝もバタバタと支度をして、彼女は仕事に出かけていく。
朝日が眩しい東向きのワンルーム。ここで一緒に暮らしはじめて、もうすぐ4年になる。小さなベランダからは、児童公園の合歓の木が見える。
僕は鳥が来ないベランダは嫌い。彼女がどうだかは知らない。
今日一日、何をして過ごそうか。
特に思い当たることもなかったので、からだ全体で伸びをして、ベッドにもぐりこんだ。まだ体温の残る彼女のパジャマを湯たんぽがわりに、二度寝でもするか。僕はこの匂いが嫌いじゃない。

マンションの廊下を歩く足音を合図に、玄関まで出迎えに行く。といってもわずか2メートルぐらいだが。
鍵を持つ指が、かじかんでいるのだろう。いつもよりガチャガチャとうるさいな今夜は。
遅くなっちゃってごめん。おなか空いたよね
コンビニの袋をぶら下げたまま、僕に抱きついてきた。
なんだ、また飲んできたのか。
ここしばらく金曜となると終電帰りが続いている。

彼女は酔っ払っていると、テレビの音量を少し上げる。お隣さんに迷惑じゃないか?
と心配になりつつも、僕は黙ってごはんを食べ、また大きく伸びをした。僕の健康を気遣ってか、いつもながらの薄味だが、文句は言わない。
お風呂場からは、バスタブを洗って、お湯を落とす音が聞こえてくる。
僕はお風呂が嫌いだが、彼女は好きだ。
ようやくソファに腰をおろしたと思ったら、あっという間に寝落ちしている。早いとこ、メークを落とした方がいいんじゃないか? 出かけたときより濃くなっているのはなんでだろう。

僕はテレビを点けたまま寝るのは嫌いだ。それは彼女と共通しているはずだった。
いい加減、バスタブからお湯がじゃんじゃん溢れている。彼女の足にそっと触れてみたが、
今は無理……
と、わけのわからない言い訳をして起きそうにない。
触らぬ神に祟りなしと、僕は先にベッドに入る。ようやくうとうとしかかった頃、お風呂場から彼女の悲鳴が聞こえてきた。

土曜日をいいことに朝の遅い彼女を、僕はおなかが空いたのでいい加減起こすことにした。
食後のまったりした時間の最中で、彼女は突然、部屋中の窓を開け放った。
それから洗濯機を回し、掃除機をかけ、念入りにフロアワイパーまでかけている。寒さを紛らわせるために、部屋をうろうろしてると、
もー、毛とか落とさないでよ
とひどい言葉をかけられる始末。
そんなこと、今まで一度だって言わなかったくせに。
なんだか切なくなって、窓辺で雲を眺めることにした。流れる雲の速さが、天気は下り坂だと言っている。

パンツのお尻のポケットに入れたスマホが震えるたびに、彼女は慌てている。週末なんだから、仕事ってことはないだろう。なんだか真剣な面持ちで、スマホをじっと見つめるのだ。
おいおい、どうした。
いつもなら彼女の方から僕を抱きしめにくるのに、まるで今日は僕の存在が視界から完全に消えているみたいだ。

昨晩入ったばかりのバスタブにまたお湯を落として、出かける準備をしている。本当に風呂が好きなんだな。
ドライヤーで髪を乾かした後、いつもよりも時間をかけてメークをして、鏡に何度も顔を近づけている。僕はその間ベッドの上で、素知らぬ顔で観察を続けた。
大丈夫だよ。お昼に食べたごはん粒なんてついてないって。
コートにコロコロをかけながら、
ちょっと出かけてくるね
と僕に言った。
ハグでもしようかと近づいたら、
ごめん、やめてってば
と拒絶する。
おいおい、どうした。
その態度はおかしくないか?

部屋を出た彼女を、僕は尾行することにした。
ラッキーなことに窓がほんの少しだけ空いている。
戸締りには厳しい彼女が、スマホと鏡ばかりを見ていたゆえの失態だ。
2階のベランダから、下に降りるのにはいつもちょっと苦労する。
僕は生まれつき左足が悪いのだ。
彼女は電車に乗るのだろうか? それともどこかのカフェに入るのだろうか?そうなったら僕にはお手上げだ。
そんな不安を抱えながら、マンションの入り口で見つけた彼女の後ろ姿を、じっと見つめた。

ごめんね、近くまで来ちゃって
彼女に声をかけたのは、僕が会ったことのない男だった。30歳ぐらいだろうか。色白で優しそうな人間だ。
あれだけ化粧に時間をかけて、出かけた先がマンションの隣の公園なんて、拍子抜けにもほどがある。
彼女は男と並んでベンチに腰かけ、僕は合歓の木の後ろにじっと隠れて様子をうかがうことにした。

ふたりは昨夜行ったワインバーの話なんかを楽しそうにしていい感じだ。
それにしても今日は寒いね
ふと漏れた男の言葉に、彼女は突然、からだを強張らせた。
おいおいどうした。寒いのか。
あなたのことは大好きだけど、わたしの部屋には絶対入れられない。
彼女の言葉に、今度は男が身を固めた様子だ。
あなたが猫アレルギーだって知っているけど、わたしには猫がいる。
言い出せなくてごめんなさい。

おいおい、ちょっと涙ぐんでないか?
彼女はそれでも、今までの罪悪感を一気に吐き出すがごとく話し続けた。
わたしの猫は足が悪くて、他に飼い主を探すのは難しいと思うし、わたしも離れたくないし、捨て猫の雑種の雄で一日中ゴロゴロして、ちょっとメタボで顔もお世辞にも可愛いとは言えないかもだけど、わたしとはなんだか気が合って、一緒に暮らせてとても幸せなんだ、と。

しばらくの沈黙が続いたのち、
体質改善の方法をネットで探してみるよ。
男は穏やかな声でそう言って、彼女をぎゅっと抱き寄せた。
冬の短い陽は、すっかり傾いてきたが、天気は下り坂でもないみたいだ。僕は公園の茂みを抜けて、一足先に部屋に帰ることにした。

同棲するには、好きなものより、嫌いなものが共通していること。
それが真実かどうかは、まだ観察の継続が必要だが、彼女の好きなものは嫌いにならない。ずっと一緒にいるために、それは何より大事なことかもしれない。
僕は彼女の帰りを待ちながら、あくびをひとつして、そんなことを考えた。今夜はテレビを消して、温め合って寝ようじゃないか。

Written by Mariko Ogata

永遠の愛はなくとも、ずっと好き。

尾形真理子

クリエイティブディレクター/
コピーライター
おもな仕事に、LUMINE、資生堂、キリンビール、東京海上日動あんしん生命、日産自動車、
Tiffany&Co.など。
東京コピーライターズクラブ会員。TCC賞、朝日広告賞グランプリ他受賞多数。試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。(幻冬舎)で、小説デビュー。

蜷川実花

写真家、映画監督
木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。映画さくらん(2007)、ヘルタースケルター(2012)監督。映像作品も多く手がける。2016年、台湾の現代美術館(MOCA Taipei)にて大規模な個展を開催し、同館の動員記録を大きく更新した。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事就任。

関谷奈々

アートディレクター
ルミネ シーズンビジュアルの アートディレクターを2014年から手がける。他にNEWoManのロゴ開発、KOSE、サントリー、LAWSONなど、グラフィックからパッケージのデザイン、ロゴ開発まで幅広く手がける。

LALA TAKAHASHI

UNDERCOVERのデザイナーの父、元モデルの母を持つ17歳。
幼い頃より、トップクリエーターの感性とアートに触れてきたLALA。その独特のセンスと存在感で、モデルデビューするなり数多くのマガジンに出演し、it modelとして注目を集める。
注目は日本に留まらず、世界のメジャーなマガジンやメディアなどからのインタビュー、イベントやショーの出演など、世界で活躍中。

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