2016.9.28
Report 1/3

アートを旅する

講師:望月かおる

2016年は、瀬戸内国際芸術祭や越後妻有トリエンナーレなど、たくさんの「芸術祭」が開催された年。そこで、雑誌『美術手帖』で副編集長を務め、各地を取材して「アートの旅」特集を手がけてきた望月かおるさんに、芸術祭の醍醐味をうかがいました。「アートに正しい見方はありません。大切なのは自分にとって好きな作品はどれかということ」。そう話す望月さんがレクチャーする、アートと旅の楽しみ方とは?

「欲張らない」「共有する」「アート以外も楽しむ」が三原則

2016年には新たに3つの国際芸術祭がスタートするなど、ここ数年、たくさんの地域でアートの催しが行われています。望月さんも芸術祭が浸透していることを実感、これからは参加者が自分なりの楽しみ方を発見していく段階に入っていくと考えているそう。ただ、どこに行くのかを決めるのも難しければ、行ってみなければわからないのも芸術祭。そこで望月さんはまず「アートを楽しむための三原則」を教えてくれました。1つ目が「欲張らない」。たくさん観ようと考えず、非日常の時間の流れに身を委ねて観賞することが大切。2つ目は「体験を共有する」、これは複数人で行くことと、そこで得た感想を人に伝えるということ。3つ目は「アート以外のことを全力で楽しむ」。土地の食べ物や街を味わうことは、アートの魅力に気づくきっかけにもなります。

友だちでも恋人でも家族でも、誰かを誘って行くと、楽しい旅になるんじゃないかな。というのも、作品の感想を誰かに言うことは、作品を観ることと同じくらい大事だから。体験を伝えることで自分でも再確認できるし、人の話を聞けば別の角度からの視点を知ることにもなる。「共有」という意味ではもうひとつ、アーティストや地元の人とコミュニケーションをとることで、作品の背景にどういう物語があるのかを教えてもらうというのも、すごく大事だなと思っています。

実は望月さんがアートに関わる仕事をするきっかけになったのが、最初に越後妻有トリエンナーレを体験したとき。芸術祭のスタッフの解説を聞きながら会場を回ることができ、そこで望月さんが出会ったのが、キム・クーハンさんの「かささぎたちの家」という作品。解説を聞く前と後では、まるで印象が違ったのだそうです。

キム・クーハンは韓国の作家なんですけど、作品を設置することが決まってから、スタッフと一緒に半年間以上その場所に滞在して、地域の住人ためにどういう作品をつくったらいいのかを1から考えたそうです。ただ既存の作品をポンと置くのではなく、地元の人たちと交流しながら作品をつくていって。新潟の山奥で、高齢者が多い地域。地元の人は、最初は警戒していたと思うんですけど、最後は喜んで参加して、食事を振る舞ってくれるまでになった。地域のために作品をつくるっていうこと自体が驚いたし、地域の人たちが心を開いて一緒に作品をつくったっていうことにも感動して。話を聞いてから作品を見直したときに、最初はただかわいらしいとしか思わなかったのが、俄然輝いて見えたんですよ。

そもそも越後妻有トリエンナーレが始まったのは、アーティストやアートを介してコミュニケーションを育み、地域の統合をゆるやかにするため。そのため、芸術祭には地元の人たちを元気にするという意義もあると言います。望月さん自身はその後、越後妻有トリエンナーレを企画した北川フラムさんの考え方に興味をもち、それが『美術手帖』に関わりたいと思ったひとつの要因に。だからこそ、作品の背景にある物語や地域とのつながりを知る機会をもっと多くの人に持ってほしいと考えているそうです。

参加の仕方はいろいろ、目的別・おすすめ芸術祭ガイド

今年から来年にかけて日本各地で開催される芸術祭には、「地域型」「都市型」、そしてその2つが融合した「進化系」の3つのタイプがある、と望月さん。さらに、参加する目的別に分類し、おすすめの芸術祭とその楽しみ方を教えてくれました。たとえば「自然の中で日常とは違う体験をしたい」のなら、越後妻有アートトリエンナーレや瀬戸内国際芸術祭。「山と海を両方体験したい」人には、今年からはじまった茨城県北芸術祭がおすすめで、一気にたくさんの作品を観たければあいちトリエンナーレへといった具合。

クオリティの高い作品を凝縮して見たいという人には、岡山芸術交流という今年初開催の芸術祭をおすすめします。キュレーターではなく、リアム・ギリックというアーティストがディレクターを務めている点がユニークで、参加しているのも今を代表する前衛的な現代美術作家。今年から新しく始まっているのがもうひとつ、さいたまトリエンナーレ。この芸術祭は無料なんです。一般的に芸術祭はパスポートを購入して何日かかけて回ることが多いんですが、無料で、しかも首都圏からなら日帰りで行くことができるので、気軽に行ってみたいという人にいいと思います。

芸術祭をもっと違う角度から楽しみたければ、ボランティアとして開催地域に長期滞在するという参加の仕方も。空き家をきれいにしたり、作品のメンテナンスをしたり、タイミングがよければ作家のお手伝いをするチャンスもあって、体験をすると、作品の見え方がまた変わってくるそうです。さらに「間接的に芸術祭に参加する方法」も教えてくれました。

越後妻有アートトリエンナーレに「まつだい棚田バンク」という仕組みがあるんです。棚田は一つひとつ手作業でメンテナンスしないといけないんですが、地域の高齢化によって難しくなっていて。それをサポートする意味でも棚田のオーナーになれるという制度です。自分で農業を体験できたり、収穫できたお米を送ってくれたり。こういう間接的な参加も楽しいんじゃないかと思っていて、私もいつかやりたいなと考えています。

アートだけが持つ、日常を一瞬で変えてくれる力

そのほか、韓国の光州ビエンナーレと釜山ビエンナーレ、台湾の台北ビエンナーレなどアジアの芸術祭も紹介。2017年は、イタリアのベネチア・ビエンナーレと、ドイツとギリシアで開催されるドクメンタ、2つの大きな芸術祭がヨーロッパで開催される“当たり年”なのだそうです。そして、講義の最後に望月さんが触れたのが、「日本で一番好きな美術館」だという豊島美術館のこと。そこは内藤礼さんというアーティストのたったひとつの作品のためだけにつくられた建築と作品が一体になった美術館で、内部では、床に開けられた穴から水が出てはもうひとつの穴に落ちていくという「母型」という作品だけが展示されています。

入ってしばらくたたずんでいると、静けさに包まれて五感が研ぎ澄まされてくる。外に出ると、虫の声だとか、風とか海の匂いとか、そういう自然の環境がすごく刺さってきて。言葉を介さずに心の状態やものの見方を一瞬にして変えてくれる、アートだけが持つ力をこの作品を通して知ったんです。

こういう作品を体験するのは都会ではなかなか難しい、だからこそ芸術祭に足を運んで、日常の生活が違って見えるようになるような経験をしてほしい。そんな言葉で講義を締めくくった望月さん。さて、そんな望月さんにとっての「いい暮らし」とは?

暮らしそのものが、毎日違って見えるような暮らし方。いい作品に出会うと、ちょっとだけ日常の生活が違って見えてくるんです。そういう毎日が積み重なることで、少しずつ違う自分になれるというか、自分が広がっていく。そんな暮らしができたらいいなって思います。

>>交流会の様子はこちら

望月かおる(美術手帖 副編集長)

月刊『美術手帖』副編集長。東京藝術大学大学院美術研究科修了。『ART iT』編集部を経て、現職。これまで手がけた主な特集に、「会田誠」「アートの旅」「杉本博司」「建てない建築家とつなぎ直す未来」「浦沢直樹」「春画」「メンズ・ヌード」ほか。

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