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CLASS ROOM

発酵食の世界は、ワンダーに満ちている。

2020.11.11

2020年度の「CLASS ROOM」は、「LUMINE CLASS ROOM LIVE」としてYoutubeでのライブ配信形式でお届けしています。
11月25日(水)の講座のテーマは「発酵食」。味噌、醤油、こうじ、チーズなど、日本の食卓に欠かせないものです。講師に迎えるのは、“発酵デザイナー”として発酵に関するさまざまな活動を行っている小倉ヒラクさん。ご自身がオーナーを務める下北沢の「発酵デパートメント」で、お店のことや発酵の魅力について伺いました。


発酵を広めるために、大学で微生物学を学び直した

「目に見えない微生物の働きを、デザインの力を使って可視化する」というコンセプトで発酵デザイナーの活動をしています。

もともとはいわゆる普通のデザイナーで、発酵に興味を持ってからは発酵醸造メーカーのブランディングとか、ロゴなどをはじめとしたCIデザインなんかをやっていました。そのあと、本格的に微生物や発酵の道を極めるために大学で微生物学を学び直し、発酵デザイナーを名乗るようになったんです。

学問としてきちんと学ぼうと思ったのは、深く知らないと本当の意味で発酵は語れないと感じたからです。というのも発酵には、食中毒を引き起こしたり、生態系を変えてしまうような影響を及ぼしたりといった危ない面もあって。そんなふうに紙一重の技術でもあるので、発酵について教えたり、発酵にまつわる活動をするうえでは、科学的な裏付けが必要になるんです。

今の活動領域の半分はサイエンス、もう半分はデザインとかのクリエイティブ。それから、この発酵デパートメントもそうですけど、発酵文化を伝えていくプロジェクトやワークショップの主宰をやっています。
ワークショップは、味噌を作ったり、甘酒を作ったりというシンプルなものから、菌の培養の方法を教えたりする怪しいやつまで幅広く(笑)。もっと本格的にサイエンスを扱う、市民向け講座のようなものもやっています。

ご近所さんが日常の買い物に訪れる

発酵デパートメントは、「世界の発酵みんな集まれ!」を合言葉にしている発酵の専門店です。2020年4月、下北沢駅と世田谷代田駅のちょうど中間にあるBONUS TRACKという商業施設の中にオープンしました。大きく3つの機能があり、ひとつが、日本各地のローカルな発酵食品や、微生物を使ったいろんなプロダクトが揃うグロッサリーショップの機能。それから、発酵料理が味わえるレストラン機能。そして、発酵食品の仕込み方やテイスティングの仕方が学べるワークショップ機能です。

今は、お客さんの7〜8割が近所の方。でも特別発酵が好きな人たちというわけではありません。緊急事態宣言が出されていた時期、街で開いている店がすごく少なかったなかで、うちは開けていたんですね。発酵食品は生活必需品なのでご近所さんが来てくれていて、その方たちがそのまま常連になっていったという流れなんです。

商品は、僕がすべて生産地に行って買い付けています。通常、食品のお店は仲卸や商社を通して商品を揃えるわけですが、発酵デパートメントは基本的には仲卸を通さない。地方でおばちゃんとかに声をかけて、「これ、うちのお店で取り扱いたいな」「軒先で売ってるだけだからパッケージがないんだけど、いい?」「大丈夫だよ、パッケージなしで売るから」みたいにして仕入れるケースがいっぱいあるんです。だから、県のアンテナショップにもない商品がたくさんありますよ。

「身体にいい」にはあえて言及しない

発酵食品にはいくつかのレイヤーが存在しています。一方では家族で食べるために手作りするものがあり、一方ではかなり早い時代から組織的に生産し、国の神事で使われたり、産業のベースになったものもある。発酵デパートメントでは、それらを含めたすべてのカテゴリを網羅しています。めちゃめちゃメジャーなものからめちゃめちゃローカルでマイナーなものまで、集められるだけ集めるっていう考え方ですね。

身体にいいとか、スーパーフードのような文脈で語られることも多い発酵食品ですが、そういう視点は意図的に避けています。知識としてはもちろん持っていますが、そこに言及しまうと裾野が広がらないと思うんです。たとえば、味噌にはこういう健康機能があるらしいんです、と言うお客さんに対して、僕らは否定も肯定もしません。それよりも、どういう場所で、どういう所以で生まれて、それが人類学としてどういう意味を持っているのかとか、食文化のなかでどういう位置づけになっていてとか、そういうことを伝えるようにしています。

だから、こういう味ですよという情報は伝えますが、「ホンモノの味ですよ」とは言わないんです。それがホンモノでおいしいかどうかは、お客さんが決めてくれればいいかなって。なかには臭いがキツいのもあって、お客さんにも「正直、これ臭いですよ」とか言っちゃってますね(笑)。

お客さんがマニアックになっていく

商品の良し悪しを僕らスタッフが決めることはせず、フラットに置いているのも発酵デパートメントの特徴かと思います。本当に超ローカルな、僕ですら「これ買うかな?」と思うものもあるんですけど(笑)、意外に売れたりするんですよね。

たぶん新しい味に出会ってみたいとか、自分の料理のバリエーションにないものを作りたいみたいな、能動的なお客さんが多いんだと思います。だんだんマニアックになって、最初は普通のお醤油を買っていたけど、そのうち「今度は普通じゃないお醤油を」「よくわからないものを買ってみよう」みたいに変化していく。たとえば最近すごく売れているのが、黒麹。泡盛をつくるためにしか使われない謎の麹菌があって、それでつくった麹なんですけど、本来、一般家庭では絶対に使わないものなんですよ。

知り合いに「試しに作ってみたから置いてみてくれ」と言われて、10個ぐらい売れたらいいなって思って並べたら、あっというまに仕入れた数十個がなくなっちゃって。そんなふうに、見たこともないし怪しいんだけど、食べたら気に入ってしまって、口コミでだんだん広がっていくようなことがあるんです。だから、売れ行きのデータは一応分析しているんですけど、分析してみたところでそれが売れる理由はわからないっていう、不思議な現象が続いています(笑)。

セレクトショップではなく「道の駅」

僕は人類学もやっているのですが、その観点からも発酵って面白いんですよ。人類史には“収斂(しゅうれん)”、つまり集約されていくことと、“拡散”っていうふたつの方向性があって、たとえば人類史を俯瞰で見るような本のほとんどでは、収斂の歴史が語られている。帝国が統一されて、マーケットが統一されて、というような話です。それに対して、発酵はどちらかというと拡散の力が強いものなんです。だから、ひとつの醤油が絶対的に売れることはなくて、ニッチなお醤油がロングテール的に売れ続ける。発酵デパートメントは、その集合体みたいなものです。

発酵デパートメントは高級スーパーでもなければセレクトショップでもなく、「発酵をテーマにした道の駅」だと言っています。道の駅って、主体的なキュレーションがされていませんよね。場所だけあって、そこに毎朝生産者さんが商品を持ってきて置くようなシステムになっていて、そこにはセレクターの意図がない。セレクトショップってある意味、セレクターの権威や審美眼によって信頼を成り立たせているわけで、それって収斂の方向性の力なんですよね。

僕は収斂ばかりではなく、大きな世界史に逆らう拡散の文化があってもいいんじゃないかと思っていて、発酵は拡散の象徴のひとつなわけです。発酵デパートメントでは、セレクターである僕の権威性をできるだけ排除しているので、「僕がおいしいと思っておすすめしています」みたいことは言わない。店に置く商品も選ばず、知らない発酵食品に出合って、それが信頼できるものだったら置くようにしています。

僕たちの役割は、文化を育てていくこと

スタッフのみんなにも言ってるのが、僕たちは文化をつくっている人なんだということです。
会津若松に三五八漬けというローカルな漬物があるのですが、時代とともに作る人が少なくなっているらしいんですね。その三五八漬けの素が発酵デパートメントでめちゃくちゃブレイクしたんです。本来は消えゆくはずのローカルカルチャーがこの地域に移設されて、若いお母さんたちがまた違う文脈で楽しむ。そんなふうに文化を育てていくことが、僕たちの役割だと思います。

年を重ねると、だいたいのことが自分の経験則におさまっていくからか、なにかに驚いたり予想を裏切られたりすることが少なくなっていきます。でも発酵って、常に裏切ってくるんですよ。

たどり着くのすら難しい離島のはじっこに、雄大な景色が広がっていて、そこに人が佇んでいる。その土地の発酵食品について「いつから作ってるんですか?」と聞くと、「わかんないけど、400年前ぐらいかな」なんて壮大な答えが返ってくる。そういうのがなかなかいいんです。つくってる人たちも面白いし、土地も面白いし、その作用を起こす微生物たちも面白い。ワンダーに満ちているところが、発酵の魅力です。


▶小倉さんおすすめの「暮らしをもっと楽しくしてくれる一冊」
『発酵はおいしい! -イラストで読む世界の発酵食品-』著:ferment books、おのみさ(パイインターナショナル)
「僕の発酵仲間がつくった、発酵入門に格好の一冊。
日本に留まらず世界各地の主要な発酵食品を網羅していて、かつけっこうマニアックなローカル発酵文化の解説まで。製法の図解や歴史的な経緯の記述もあり、この一冊を読み込むと発酵カルチャーのアウトラインがつかめます。ちなみに僕もちょっとだけ登場します(笑)」


<プロフィール>
小倉ヒラク(発酵デザイナー)
「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学の醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国各地の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作やワークショップを行っている。2020年4月、東京・下北沢のBONUS TRACK内に実店舗「発酵デパートメント」をオープン。発酵文化を継承し、未来に発展させていくための運動体としての場所として育てている。発酵デザインラボ株式会社CEO。
https://hakko-department.com/


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LUMINE CLASS ROOM LIVE『発酵食入門』
お味噌やチーズやキムチなど、微生物の働きによって美味しく、そして健康の役にも立つ食品を“発酵食”と呼んでいる小倉さん。他の料理にはあまりない、発酵食独自の文化をどのように暮らしに取り入れていくかをお話しいただきます。
また、ライブ配信中に小倉さんへの質問コメントも受け付けているので、ぜひご参加ください。

配信日時:2020年11月25日(水)20:00~21:00
配信方法:上記日時にYouTube上でライブ配信

*アーカイブ動画を配信中:前編後編
 

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