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CLASS ROOM

里山を巡るライフワークから見えてきた、日本のスパイスとハーブの可能性

2021.12.22

CLASS ROOMは、ルミネが運営する暮らしをもっと楽しむためのカルチャースクール。さまざまなジャンルで活躍するゲストを招いてお話を伺い、ルミネマガジンとYouTubeルミネ公式チャンネルで配信しています。
2021年12月講座のゲストは、起業家で調香師の古谷知華さん。クラフトコーラ「ともコーラ」や、ノンアルコール専門ブランド「のん」を展開するほか、日本の可食植生を研究する「日本草木研究所」などの飲食事業も行っています。そんな古谷さんに日本のスパイスやハーブが持つ可能性を伺いました。

>> インタビューを動画で見る:前編後編

スパイスやハーブが身近にあった子ども時代

―まず、ともコーラを立ち上げた経緯を教えてください。

母がスパイスやハーブを家庭の料理に使っていて、幼少期からスパイスやハーブに親しんだ生活を送っていました。そういった背景もありつつ、ともコーラを立ち上げた理由はふたつあります。ひとつは、ハーブ協会の方に日本の里山にはシナモンやコショウにも日本ならではの原生種があると教えていただいたこと。西洋以外のスパイスやハーブがあること自体が驚きでしたし、興味をかき立てられました。もうひとつは、食の文化史や歴史の本を読んでいたら、コーラがスパイスやハーブで作られる薬膳飲料だと書かれていて。コーラが天然のもので作られているイメージがなかったので、これにもすごく惹かれたんです。

このふたつがリンクして、日本のスパイスやハーブを使ってコーラを作ってみたいと思いました。いざ自宅でコーラを作って友人たちに振る舞ってみたら、「おもしろいし美味しい」「手土産に持って帰りたい」という声や、それを聞いた知り合いのバーのオーナーさんからも「お店で使いたい」という要望をいただいたんです。それでみなさんに届けられるように商品化しようと思って、ともコーラをスタートしました。


―幼い頃からスパイスやハーブに触れるのは、なかなか珍しいですよね。

そうですよね。母が作ってくれた料理のなかでも印象深いのは、八角が入ったかぼちゃコロッケです。八角は香りが強いスパイスなんですが幼い頃から食べていたこともあって、よそでスタンダードなかぼちゃコロッケを食べると、なんとなく物足りなさを感じていました。「あれ、変わった味がしない」と(笑)。

コブミカンの葉やレモングラスを使ったトムヤムクンなど、エスニック料理もよく食卓に並んでいましたね。そうした母の料理の影響か、ひとり暮らしをするようになって料理を作るときは、変わった味付けにしなければいけない、なんて思っていました。そんなふうに、スパイスやハーブは大人になってからも身近な存在でしたし、知識もそれなりにあったのですが、友人たちからは「よく知ってるね」と驚かれ、これって一般的ではないんだと気づいたんです。


―もともと食に対しての好奇心が強いからこそ、ともコーラを始められたんでしょうか?

そもそも私は料理人ではないですし、お菓子やドリンクを作っていたというような経歴もありません。だけど、料理を誰かに食べてもらって喜ばせるのは昔から大好きで。私がクラフトコーラを作り始めたとき、まだ世間には浸透していなかったので、「コーラって自分でも作れるんだね」と大半の人に驚かれました。

それで、「クラフトコーラはもともと1850年代頃のアメリカで、南北戦争で負傷した兵士さんの痛みを緩和する、鎮静作用のあるものとして飲まれていた」といった歴史もお伝えするようにしたら、味とストーリーのおもしろさに共感してくれる人が多くて。クラフトコーラ自体がみなさんの好奇心を刺激できるものなんだと思いました。

ノンアルコールでも手間をかければ唯一無二の存在に

―2020年5月に立ち上げたノンアルコール専門ブランド「のん」についても教えてください。なぜ立ち上げようと思ったのですか?

私たちのクラフトコーラは原液から作るので、ウイスキーと合わせてハイボールにしたりすることもできるんですが、イベントなどでお客さんにお酒を入れるかどうかを聞いたら「入れなくていい」と言われることが多かったんです。その理由を聞くと、「ともコーラは手の込んだドリンクだから、お酒を入れなくても損をした気分にならない」と。これは発見だなと思いました。

アルコールドリンクとノンアルコールドリンクが両方並んでいる状況で人がアルコールドリンクを手に取る理由のひとつは、ノンアルコールドリンクだとどこか損をした気分になるからだと思います。でもその言葉を聞いて、手が込んでいたりひと工夫されていれば、ノンアルコールでも選んでもらえるかもしれないと考えました。

そこで、こだわりや物語を持つノンアルコールドリンクを作りたいと思い、渋谷にポップアップショップ「のん」をオープンしました。メニューのラインナップは、アルコールに使われている工程や技術、たとえば蒸留や発酵を用いた10種ほどのノンアルコールドリンク。そのなかでも一番人気だったノンアルコールジンを、第1弾として商品化しています。


―たしかにアルコールでなくても、手間ひまかけて作られたドリンクは飲んでいる時間を楽しめそうですね。

ノンアルコールドリンクは、複雑な味でないものが多いんですよね。一方で、アルコール入りのジンにはいろいろなハーブの風味があるし、ワインも渋みや甘味などが楽しめて味が複合的。こうした要素を表現できたら、もっとノンアルコールドリンクを選んでもらえると思いました。


―古谷さんは、ふだんノンアルコールドリンクをどのように楽しんでいますか?

ここ数年でノンアルコールドリンクが充実してきていて、ペアリングメニューを提供するレストランも増えてきました。私はアルコールとノンアルコールのペアリングメニューがどちらもある場合、積極的にノンアルコールのペアリングメニューを選ぶようにしています。お店仕込みの発酵ジュースだったり、昆布茶だったりと、そのお店ならではの味に出会えるのが楽しくて。やっぱり手間ひまをかけていたり、オリジナリティが表現されているノンアルコールドリンクにはとても魅力を感じます。

無限の可能性を持つ、国産スパイスとハーブ

―スパイスやハーブを仕事にするなかで、ご自身の変化はありましたか?

実は今、日本各地の山をめぐっているんです。自生しているスパイスやハーブに詳しい各地の仙人のような人に教わりながらそれらを採集していて、いずれは里山版のスパイスブランドを作りたいと考えています。


―国内だと、どんなスパイスやハーブが採れるんですか?

シナモンも国内で採れますし、ベリーの香りがするモミ科のアオモリトドマツ、バニラやリコリス、ミントのような味わいのアリタソウ、ニンニクのような香りのセリ科のトウキなどです。スパイスやハーブは海外のイメージを持たれがちですが、ほとんどが日本に自生している原種で代用がきくことも多いんです。

いろいろなスパイスやハーブが国内で採れることは間違いないのですが、それが食べられるものかどうかはわからなくて。だから各地にいらっしゃる仙人に教えていただくしかないんです。その方々の生きた知識や知恵は、なにもしなければこのまま消えていってしまうかもしれないので、私たちが記録して残す作業を今まさに行っているところです。


―そんなにたくさんのスパイスやハーブがあるんですね。それにしても里山版のスパイスブランドを目指すなんて、とてもおもしろい取り組みです。

まずは山の管理者さんとのつながりを構築しなければいけません。それに里山に生えているスパイスやハーブを誰が収穫し、どのように管理していくか。そういったサプライチェーンを整えることから試みないといけなくて、想像以上に壮大なプロジェクトになりそうです(笑)。

スパイスやハーブが生えている山が保護林だったりすることもしばしばで……。だから自分たちで苗木を探して、同じ標高の山に植林して栽培をしようという計画もあります。ざっと見積もっても収穫するのに3年はかかりますが、まだ誰もとりかかっていないプロジェクトだと思うので、とてもおもしろいものになるはずです。


―日本の里山で出会った素材を使い、商品をつくることは考えているんでしょうか?

木を使ったお酒やノンアルコールドリンクを作れたらと考えています。というのも、今までに木のドリンクって見たことがないなと。お酒の香りづけによく使われる、苦みと甘みの混ざりあったジュニパーベリーの代わりにキハダを使うのもいいですし、もしかしたらヒノキの実を使えるんじゃないかと聞いたことがあって、チャレンジしたいですね。日本の里山で採れた素材で作ったドリンクは、オリジナリティにあふれていてほかにはない。だから世界にも通用すると思うんです。

食を知ることは、文化や歴史を紐解くこと

―古谷さんのように美味しいものへ好奇心を持つと、日常はどのように変化していくものでしょうか?

食に興味関心を抱くと、旅に出たときに美味しいもの、おもしろい食材に出会いたくなり、その土地への探究心が湧きあがってきます。

先日新潟に行ったんですが、そこでは氷室という貯蔵方法に出会いました。氷室は冬の間に積もった雪で作った天然の貯蔵庫で、野菜などを貯蔵するものです。雪深い地域で冬の間に収穫が少なくなることから発展した、雪国ならではの知恵が詰まった文化です。こうした先人たちの知恵に触れることは、大袈裟かもしれませんが文化人類学に触れ、その土地の文化や歴史まで紐解くことにもなると感じています。


―最後の質問です。古谷さんにとって、よい暮らしとはどのような暮らしでしょう?

歴史がすごく好きなので、食でもプロダクトでも洋服でも、作られた背景や作り手の思いを自分なりに咀嚼して、そこにしみじみと浸ることでしょうか。そうした暮らしはやっぱり好きですし、素敵だと思います。

古谷知華さんおすすめの、暮らしをもっと楽しくしてくれる一冊

『美しいもの』著:赤木明登(新潮社)
「12人の作り手たちの美意識や人生観について書かれていて、たまに手に取ると心落ち着く私にとって大切な1冊です。
ものを作っている人には深呼吸のような存在となり、心に余白を作ってくれる本だと思います」


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<プロフィール>

古谷知華(起業家/調香師)
フードプロデューサーとしてクラフトコーラ「ともコーラ」やノンアルコール専門ブランド「のん」、日本の可食植生を研究する「日本草木研究所」等の飲食事業を手がけるほか、日本初のフードレーベル「ツカノマノフードコート」を主宰し、都内に神出鬼没の食の実験場をつくっている。「料理王国」「OZmagazine」等で連載執筆も行うなど多方面で活動中。
https://twitter.com/tomokafuruya


>> インタビューを動画で見る:前編後編

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