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LIFESTYLE

CLASS ROOM

本との対話から、
世界が広がっていく。

2020.06.15

ルミネのカルチャースクール「CLASS ROOM」。さまざまな分野からゲストを迎え、暮らしをもっと楽しくするヒントを教えてもらいます。
5月の講座「みんながこれまでに読んできた本、みんなとこれから読んでみたい本」でお迎えしたのは、ブックディレクター/編集者の山口博之さん。ブックディレクターとは、書店以外の場所で本の売り場を作ったり、ライブラリに並べる本を選ぶ仕事です。「書店に寄ったら、手ぶらで出るなというのが自分ルール」と話す山口さん。講座を前にオンラインでインタビューを行い、ライブラリをつくるときに大切にしていることや、本と出会うよろこびについて聞きました。写真は山口さんによる撮影です。


利用履歴から見える、本との良い出会い
ブックディレクターという仕事のおもしろみを感じるのは、本との出会いをうまく作り出せたとき。対個人の場合は、自分がいいと思った本の魅力を言葉で説明できますが、僕の仕事は個人ではなく「場」に対して本棚を作っていくことです。だからこそ、利用者から「こんなふうにおもしろかったです」「発見がありました」というような感想を聞くとすごくうれしくなりますね。
たとえば、継続的に手がけているルミネ本社オフィスのライブラリでは、「こういう本がよく読まれている」とか、「この本を読んでいる人はほかにこれを読んでいる」という貸し出しの履歴を記録しています。それを見ていると、僕がおもしろいと思って選んだ本に対してのリアクションをより強く感じられる。利用者全員と話すことはできませんが、履歴からそういうことを読み解くのも楽しいですね。

自宅のテーブル

自宅やオフィスでは、場所ごとに置く本を分けているという山口さん。自宅のテーブルには“いま読みたい本”を置いている

場所がもつ問いを見つけ出す
売り場づくりやライブラリづくりは、依頼主へのヒアリングから始まります。どんな場所で、なぜ本を置きたいのか。どういう人が利用し、それによってどんなことが起きたらうれしいのか。それらをヒアリングしたうえで、「こういうやり方だったら、こう応えられるはず」、もしくは「その意図って、本当はこういうことだったんじゃないですか」とディスカッションを重ね、コアとなる部分を固めていきます。

そのプロセスは、ライブラリを置くことによってどういう変化が生まれるか、どういうことを生み出す場にすべきかといった“問い”を見つけることでもあります。問いに対して、どのような方法でアプローチしていけるかを考えるのが次の作業ですね。
話を聞いて、僕のほうでいったん考えて、また渡す。抽象的なものからだんだん具体的なものにして、会話してまた具体的にしていくという作業を繰り返す感じでしょうか。

僕は、答えそのものは与えられません。どう読んで、なにを導くかは利用者それぞれが考えること。その場所に生まれている問いに対して、こういう本がありますよと提案するのが僕の役割です。

玄関の本棚

玄関の本棚には、「テーブルで読み終わった本や、しばらく読まなさそうな本を入れておく」と山口さん。

本棚にグラデーションをつける
本を選ぶときの出発点になるのは、僕が読んだことのある本や、日頃読んでいる本です。ただ、ライブラリをつくるのは、ふだん本を読まない人が多く訪れる場所であることがよくあります。本を自分で選ぶことを普段しない人が多い場所だからこそ、依頼がくることがあるわけです。
そういう人たちに読んでもらうためにかなり意識するのが、利用者が1冊目に手に取る本をどう考えるかです。漫画でもいいし、ベストセラーでもいいんですが、もうすでに読んでる人も多いかもしれないような、広く知られている本をあえて忍ばせておくことで、ふだん本を読まない人たちが「あ、これは知っている」とか「これなら読んでみよう」と手に取ってくれます。

そのあと2冊目、3冊目と手に取ってもらうために、ライブラリにグラデーション的な奥行きをもたせることも大事です。
つまり、読むために必要な前提知識の量にバリエーションをつけたラインナップにするということ。段階を踏んで読んでいくことで、内容をちゃんと吸収することができたり、本を読む解像度が上がっていったりすると思うんです。
でも、こちらが想定した通りの順番で読んでほしいわけではありません。選書して並べていく理由を明確に自分が持っておくためにあるひとつの考えであって、その人なりに、自由に読んでもらうことが、ライブラリとしての正しい姿だと思います。

自宅のトイレ

自宅のトイレには「短時間で読み、やめ、再開できる本」を。短編やエッセイ、勉強のための本が多いという。

人間ドックの意味を深めるライブラリ
これまでに手がけたなかで印象に残っているもののひとつが、人間ドック専門のクリニックのライブラリです。人間ドックは自分が健康であるかどうかを知るための手段で、長生きしたいと考えている人が受けるものですよね。そこには、「なぜ健康的に長生きしたいの?」という問いがあります。健康診断には、“長生きする目的”と“長生きするための方法”という項目が同時に含まれていると思うんです。
でも、そのこと自体は健康診断の結果には現れません。だからライブラリでやりましょうと提案し、廊下の両サイドで向かい合わせになるように「WHY(なぜ健康的に長生きするのか)」と「HOW(どうやって健康的に長生きするのか)」の2列の本棚をつくることになりました。

「WHY」のほうに並べたのは、旅や仕事、恋愛、未来についてなどの本です。それらの本を読むことで、“見たことのないものを見たい” “まだ成し遂げていない仕事がある” “未来の世界を見たい”という生きる目的を見出すことにつながるかもしれません。「HOW」のほうには、食事や身体、運動、メンタルやフィジカルなことについての本を選びました。

ライブラリづくりの魅力のひとつは、「その場や行為自体には表立って現れてこないけれど、大切なこと」を表現し、届けられること。人間ドック専門クリニックはその好例です。情報としても十分であり、構造的にしっかりと支えられている、とても存在意義のあるものだったと思います。

自宅の書斎の本棚

自宅の書斎の本棚。「読み終わった本や大型本は、こちらに収納」と山口さん。

本に正解を求めない
日々、本を読んでいると、疑問に思っていたことが解けていくような心地いい瞬間があります。反対に、内容がわからなくてモヤモヤすることもある。本はそうやって、なにかしらの変化を与えてくれます。
かならずしも明るい方向に変わらなきゃいけないとは思っていなくて、どう変化したか、なぜ変化したかっていうことを、頭のなかで記憶/記録していくのが大事かなと思います。
それから、本のなかに直接的な正解を求めないほうがいい。正解があるわけではなくて、読んだときになにを感じ、どう思ったかのほうが大切で、それこそがある種の応えであり、答えになっていくものだと思うんです。

だからこそ、日常のなかで生まれるいろんな疑問を忘れずにストックしておいて、考え続けることが重要だと思っていて。正解を求めて読んだわけじゃない本にも、なにかヒントがあるかもしれないので、すでにある疑問を解くヒントを見逃さないようにし、新しい疑問が浮かぶ瞬間も忘れないようにしているんです。
それらがやがてひとつのアイデアにまとまるかもしれないし、ずっと残っていつか光が当たるかもしれない。もしくは、違う視点で考えなきゃいけなかったんだなと気づいたり、その問題が違う角度から見えてくることもあるかもしれない。
なので、僕が本を読むとき、特定の疑問や問題に対する答えを出してくれる本が、必ずしも狙って読んだ本かどうかはわからないんです。もちろん知識や情報として必要だったり、具体的に読むべき理由があるときは、直球でそれに対応する本は読みますよ。

ベッドサイドにも本が並べられている。「子どもが生まれてからは、ほぼ絵本になった」のだそう。

書き手との対話から生まれるもの
ふだんあまり本を読まない人が、あるテーマの本を連続して読んだことがライブラリの記録からわかったとすると、その人が“考えたかったけど、どう考えればいいのかモヤモヤしていたこと”に対して、ひとつのアプローチの方法やきっかけを得てくれたのかもしれないと思うんです。
きっと、自分との比較対象を得られることも大きいんですよね。本と自分という閉じた関係のなかでは、“私はこう思っていたけれど、書き手はこう思っている” “こういう側面から考えたらそれもあるかも”というような、書き手と自分自身との対話が常に発生します。連続して読んだということは、その対話をもっと続けたいと感じてもらえた証なのではないでしょうか。

対話を重ねると、ものごとの新しい側面や、これまでにない考え方が見えてきます。それはそもそも自分が感じていたことがクリアになった、つまり言葉を得て、自分で言語化できたということかもしれません。言語化ができたら、それがさらに次の対話を生み出していける。
書かれた直接的な答えを求めてリンクを飛び続けるネットの開けた世界とは違う、閉じた関係から世界が広がっていく。それが、本と出会うことのよろこびだと思います。


<プロフィール>
山口博之(ブックディレクター/編集者)
good and son代表。1981年仙台市生まれ。立教大学文学部英米文学科卒業後、2004年から旅の本屋「BOOK246」に勤務。06年から16年まで、幅允孝が代表を務める選書集団BACHに所属。17年にgood and sonを設立し、ショップやカフェ、ギャラリーなどさまざまな場のブックディレクションをはじめ、広告やブランドのクリエイティブディレクションなどを手がけ、そのほかにもさまざまな編集、執筆、企画などを行なっている。

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