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CLASS ROOM

手書きという行為が生む、
最高に贅沢な自分モードの時間。

2020.06.15

ルミネのカルチャースクール「CLASS ROOM」。さまざまな分野からゲストを迎え、暮らしをもっと楽しくするヒントを教えてもらいます。6月の講座のゲストは、東京・蔵前にある文房具店「カキモリ」の代表、広瀬琢磨さん。カキモリは、試し書き用のペンがずらりと並んでいたり、オリジナルのノートをつくれたりと、ワクワクするような体験ができることが魅力です。講座を前に、お店づくりで大切にしていることや、“書くこと”についての想いを聞いてみました。

手書きの文化を守るために

私は、もともと文房具好きというわけではありませんでした。

実家が群馬県で文房具屋を営んでいて、あるとき父が、東京進出の足がかりとして同業の会社を買収したんです。そのとき父に、その会社の経営をやらないかともちかけられて。私は当時、外資系の医療機器メーカーで働いていましたが、商人の家に生まれただけあって、いつかなにかしらの商売をやりたいと思っていたんです。それで、ほとんどノリで引き受けてしまいました(笑)。2007年、27歳のときでしたね。

なにも決まっていない状態だったので、まずどのような業態にするかを、未来への価値という視点で考えました。文房具屋にまつわるもので、これから10年、20年と残していくべきものってなんだろう。それはきっと「書くこと」だろうと思ったんです。

当時、すでに世の中はデジタル化が進んできていて、インターネットも確立していました。アイデアをまとめる、考える、伝えるといった行為の一つひとつはデジタルでもできるんですけど、それを深めるには手書きが必要だということを、実感していたんです。デジタルが台頭していくなかでは、誰かが手書きの大切さを伝えていかないと、文化としてなくなっていってしまうのではないか。そういう思いもあって、書くきっかけをつくるお店をやることにしました。

ゴールは「たのしく、書く」こと

私自身が文房具マニアではないので、カキモリも、自分の好きな文房具をみんなに知ってもらおうというマニアックな店にはしませんでした。どうしたら書いてくれるんだろうという視点で考えていった結果、サービスや商品ラインナップが決まっていった感じです。

手が届きやすい価格帯、道具として優れていること、そしてワクワクするデザイン。この3つのバランスが取れている商品をセレクトしています。万年筆やボールペンは壁面にずらりと並べ、気軽に試せるように。オーダーノート用の紙にも試し書きできますし、ほかの文具雑貨もすべてサンプルを置いて、文房具を体験してもらえるようにしました。

姉妹店の「inkstand by kakimori」は、オーダーインクの店です。カキモリが“総合店”であるのに対し、こちらは“専門店”。ただし、インクマニアの人ではなく、色の楽しさに興味がある人に向けた店です。色の楽しさを入り口にしてインクをつくり、そして実際に使ってもらいたいですね。

「カキモリ」という店名の由来は「書人」の当て字。“たのしく、書く人”のためのお店だから、サービスも商品選びも、最終的に「たのしく、書く」ことにたどり着くように設計しています。

オリジナルアイテムに“愛着”を込めて

商品のなかにはオリジナルのアイテムもあります。うちはお客さんからすごくたくさんのフィードバックがあり、記録をしっかり取っているんですね。オーダーノートでいうと、こういう質感の表紙がほしい、スケジュール表として使える中紙がほしいといったリクエストもたくさんいただきます。オリジナルアイテムの半数くらいが、そういったお客さんの意見を取り入れたものです。

残りの半数は、スタッフたちが「こういうのがあったらいいよね」とアイデアを出し合ってつくったものです。私たちは店員であると同時に“たのしく書く人”、つまりユーザーでもある。その感覚をみんなが大切にしているので、自分たちがほしいものもつくるようにしているんです。

そのひとつとして最近出したのがGLASS NIB。既製品の軸にも、カキモリオリジナルの専用軸にも差せるガラスのペン先です。一般的にガラスペンは軸とペン先が一体になっていますが、「ガラスペンって楽しい。でもペン先が付け替えられたら、もっと道具として使い勝手がいいよね」と商品企画のスタッフが考え、みんなの賛同を得てつくりました。

実はいま、カキモリの商品企画のあり方をもう一度定義し直そうとしているんです。
まだ完全ではないですが、キーワードは“愛着”です。文房具は消費されるものであるということを前提に、サステナビリティなどを考慮していくと、うちがつくるべきなのは愛着をもって長く使い続けてもらうアイテムだろうと。それで、カキモリの考える愛着ってなんだろう?というのを、みんなで話し合っているところです。

朝起きたら、考えを紙に書き出してみる

最近おすすめなのが、朝起きて、パソコンやスマホを開く前に、そのとき思っていることを5分くらいで紙に書き出すことです。リモートワークの日なんかは特に、それをやるだけで心が落ち着くし、自分の考えをいったん落ち着いてまとめられる。私もいま、子どもたちが起きる前の朝4時くらいにやっています。

いまは多くの人が、1日の大半が他人と接続していて、他人のために頭を使っている状況にあると思うんです。SNSでなにかを発信するときも読む人のことを考えるし、子育てもそう。それが、みんなのモヤモヤの根底にあるんではないでしょうか。

自分のためになにかを書くことは、そんな“他人モード”の頭を“自分モード”に切り替えるいちばん簡単な方法です。たとえばグランピングに行ったり、ひとり旅をするのもいいけれど、日常的に行くのは難しいですよね。ちょっと感覚的な話になってしまうんですが、書くことで日常的に自分モードの時間をつくれば、世の中に流されてなんとなく1日が終わってしまうのではなく、自分が主体的に動いているっていう実感が取り戻せる。モヤモヤした気持ちも晴れていくはずです。

手紙の楽しさを伝えていきたい

手書きの機会が少なくなってきた時代で残っていく“書くことの価値”のひとつは、誰かの気持ちに響くこと。それを生かせるのが、広い意味での「手紙」だと考えています。

手紙は郵送しなきゃいけないし面倒だっていうイメージがあるんですが、かならずしもそうではないと思うんですよね。ノートの紙切れに書いて渡すのも、夜遅く帰ってきた旦那さんが付箋にメッセージを書いて冷蔵庫に貼り、翌朝それを奥さんが読むのも手紙。商品を配送するときに一筆書いて付けるのでも、なにもないよりずっと気持ちが届きますよね。

カキモリのオフィスには小さいポストを置いていて、誰かの誕生日が近くなるとカードにメッセージを書いてそこに入れるんです。それで、当日にまとめてプレゼントする。そうするとね、みんなすごく喜ぶんですよ。対面では表現しきれなかったことを手紙にしたためることで、あの人はこんなこと考えてたんだっていうのがわかって、コミュニケーションが一歩深くなる。そんなふうに手紙はカジュアルで楽しいものなんだよっていうことを、商品やワークショップを通して伝えていきたいです。

書く機会が減ると、手書きの価値は上がる

紙に手書きするのって、いいですよね。そのときの空気感や匂いも一緒に閉じ込められている気がして。もらった手紙を10年後に読み返したら、すぐに当時の気持ちに戻れるような感覚は、デジタルではたぶん生まれないと思うんです。タブレットに書いた文字を、10年後に読み返すことはきっとない。書く機会が減ると文房具や手書きの価値も下がると思われがちですが、むしろ上がってくるはずなんです。

書くことは、頭の中で考えていることを整理したり、深めたりするのに欠かせません。そして自分モードという、最高に贅沢な時間をつくるためのいちばん身近な方法です。ちょっと大げさかもしれませんが、“人間性を取り戻す行為”なのかなと、そんなふうに考えています。


広瀬さんおすすめの「暮らしをもっと楽しくしてくれる一冊」
『生きるように働く』著:ナカムラケンタ(ミシマ社)

著者は、「日本仕事百貨」という求人サイトを運営しているナカムラケンタさん。働くことと生活は分断されるものではなく、一本につながっているという考えで活動している人で、この本には彼が10年間で出会ってきた人たちとの対話がおさめられています。私も登場しているひとりなんですが、まさに“生きるように働く”人たちのリアルな声を読むことができますよ。

そういう考え方は、コロナでリモートワークが増えた今のご時世にこそ必要なんじゃないでしょうか。これからは、生活を楽しくするために仕事があるっていうふうに変わっていくはずです。

<プロフィール>
広瀬琢磨(カキモリ 代表)
1980年、群馬県高崎市生まれ。外資系の医療機器メーカーを経て、2006年、家業の文具店が同業の株式会社ほたかを買収したのをきっかけに同社に入社。2010年、東京・蔵前に文具店「カキモリ」をオープン。2014年、同じく蔵前にオーダーインクの店「inkstand by kakimori」をオープン。
https://kakimori.com/

 

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