LUMINE MAGAZINE

SCROLL

LIFESTYLE

CLASS ROOM

まずは1冊、手に取ってみることが
アートへの入口になる。

2020.08.07

2020年度の「CLASS ROOM」の講座は、「LUMINE CLASS ROOM LIVE」として動画のライブ配信形式でお届けしています。
8月26日(水)の講座では、新刊のアートブックを中心に扱うブックショップ「POST」の代表、中島佑介さんを講師に迎えます。2009年から続く、日本初のアートに特化したブックフェア「TOKYO ART BOOK FAIR」のディレクターも務めている中島さん。ご自身のアートブックとの出合いや、初心者におすすめの選び方を教えてくれました。


ひとつの出版社にフォーカスした売り場

「POST」がほかの書店と違うのは、出版社というくくりでアートブックを紹介していること。特集する出版社は2、3ヶ月に一度入れ替えています。

インターネットの登場を契機に、本は純粋に情報を伝えるためのメディアでは存在しきれなくなり、“表現としての本”に変わっていきました。すると、作り手である出版社の特徴が色濃く表れるようになったんです。本というものをどう捉えているか、本を通じてどういう文化を伝えたいのか。ブックデザインという面でも、それぞれに個性があります。
出版社単位で棚を構成することで、内容の好き・嫌いや、知っている・知らないという基準ではなく、出版社を入り口にして本を選んでもらうことができたらいいなと思いました。

店内には展示のスペースもあります。本自体を展示することもあれば、新しい本が出たときにその作家さんの作品を展示することも。複合的に本に触れてもらうことで、新しい文化に出合うきっかけをつくりたいと考えています。

広すぎる興味を満たせるのが本だった

POSTの前身となる古書店をオープンしたのは2002年。それから20年近くアートブックのショップを営んでいますが、もともとは本やアートが好きというわけではありませんでした。

大学時代はなにかを売ることや接客に興味があって、卒業したら自分でお店をやろうと決めていました。最初は洋服屋がやりたくてパターンを勉強したんですが、思い描いていたファッションの世界とのギャップを感じ、方向性を変えることに。でも、興味の対象がいろいろありすぎて、絞りきれなくて。

それで思い至ったのが、ブックショップでした。写真も音楽も、ファッションも、すべてのコンテンツを扱っている本の店であれば、自分の興味の対象すべてに触れることができると思ったんです。

始まりは、見た目で手に取った1冊

アートブックに触れたのは、本の勉強をするために始めた、ワタリウム美術館のミュージアムショップ「on Sundays」でのアルバイトがきっかけです。取り扱っていた本の90%以上が洋書だったこともあり、見たことのないようなアートブックがたくさん並んでいました。それらは前衛的なアーティストのものばかりで、世界の最先端の表現みたいなものが集まっていたんです。とはいえ、僕はアートに詳しいわけではなかったので、そういうすごい空間であることは、あとから認識したんですけどね。

そのなかに、フルクサスっていう60年代におこった芸術のムーブメントのドキュメントをまとめた本があって。たぶんそれが、僕が初めて買ったアートブックだと思います。

フルクサスのこともまったく知らなかったけど、グラフィックとしてかっこいいからという理由で買って。読んでいるうちに、そこに書かれているアーティストの名前だったりとか、芸術運動についてとか、そういうところから徐々にアートを知り始めた感じでした。

アートブックは誰かに渡していくもの

もともと接客に興味を持ったのは、人の価値観に影響を与えられるクリエイティブな仕事だからです。店でお客さんが商品を買ってくれるのって、接客の会話のなかで価値観がちょっと変わった結果だと思うんですよね。

たとえば、お客さんのなかには「この作家の本ありますか?」とか、具体的に聞いてくださる人もいて。僕はそういうとき、その作家の本を勧めながらも、その周辺、たとえば「この作家が好きなら、この作家も気に入ってくれるかも」と、ほかの作家の本を紹介することがあります。そうやって、ご自身がもともと目的にしていたものじゃない本を買ってくれたときには、価値観に影響を与えられたのかもしれないと感じますね。

僕は、収集癖がまったくないんです。だから、自分のためにアートブックを所有することはほとんどありせん。やっぱり誰かに紹介して、その人が喜んでくれたりとか、新しいことを始めるきっかけになるようなことに興味があるんですよね。僕にとってアートブックは、自分の手元にとどめるものではなく、流れるように誰かに渡していくものです。

手触りや重さも表現の一部

2016年から「TOKYO ART BOOK FAIR」に携わるなかで、アートブックの表現がすごく豊かになっていると感じます。もともと本は“情報を伝える”という機能が一番重要視されていましたが、製本や印刷の風合いだったり、持ったときの重量感、そういうものを含めた総合的な表現に変わった。そのことにいろんな出版社や作家が気づいたことで、独自の表現を追求した本が増えているんだと思います。

来場者数も、2017年は約2万3千人だったのが、去年は3万5千人くらいになりました。アートブックっていつの間にこんなに人気になったんだろうって、びっくりしましたね。

僕自身がそうだったように、みなさんにアートブックをアートに触れる入り口にしてもらえたらいいなと思っていて。だから、TOKYO ART BOOK FAIRのディレクターをやらせてもらうことになったときに、会場のサイン計画など、視覚伝達の表現はすごく意識しました。「なんかちょっとかっこよくて、面白そうだから行ってみようかな」と、気軽に来てもらえるようなものを目指していて、それがたぶん、徐々に広がってきたのかもしれません。

持って、開く。その感覚を大切に

芸術とかアートって敷居が高いと感じてしまいがちなんですけど、僕は、食べ物を食べておいしいと思うのと同じだと考えているんです。最初は、1枚の写真を見てきれいだなと感じたらそれで十分。瞬間的に見て、自分の感想を持ってみるっていうところから始めるので全然いいと思います。

芸術に対する解釈の正解って、ないんですよね。かつて、現代美術家のマルセル・デュシャンは「芸術の解釈の50%は作家側にあるけれど、残りの50%は鑑賞者側にある」と言いました。アーティストの意図とはまったく違う解釈をしたとしても、50%は正解なんです。それくらい気楽にアートを見てもらえたらいいんじゃないかなと思いますね。

アートブックを選ぶときには、手に取ってしっくりくるかということも重要です。本ってやっぱり3次元的なものなので、持ってページをめくるという体験自体もアートブックの一部なんですよ。そのときに自分がしっくりくる本っていうのは、おそらく、自分の感覚になにか訴えかけてくれる本。内容はわからなかったとしても、まずは1冊、その感覚を信じて買ってみるのがいいと思います。



中島さんおすすめの「暮らしをもっと楽しくしてくれる一冊」

『スタジオ・オラファー・エリアソン キッチン(日本語版)』著:スタジオ・オラファー・エリアソン(美術出版社)

「現代美術の作家、オラファー・エリアソンが気になるテーマをリサーチし、その結果をまとめるビジュアルブックシリーズ『Take Your Time』の1冊。
『食』が制作にとって重要なものであると考えるオラファーは、キッチンをスタジオの中心に据えています。スタジオでは数十人のスタッフが作業していますが、みんなが一堂に集まる機会として、ランチタイムを設けているそうです。本書では、スタジオで提供されるランチのレシピを中心にしながら、さまざまな考察が展開されています。
食事が彼やスタッフにとってどのような機能を持ち、どのように影響を与え、制作へとつながっていくのか、ビジュアルを中心に考察された本書。美しいビジュアルブックでもあり、食から派生するサステナビリティについての考察、アートと食について、人類と環境の関係性についての論考としても興味深い本です。
『考察』や『論考』というと、ちょっと小難しそうな感じがしてしまいますが、ビジュアルを中心に構成されているので、眺めているだけで感覚的にメッセージを受け取れます」


<プロフィール>
中島佑介(「POST」代表)
1981年、長野県生まれ。早稲田大学商学部卒業。2002年に古書&インテリアショップ「limArt」をスタートし、2011年にはブックショップ「POST」をオープン。2015年、「TOKYO ART BOOK FAIR」のディレクターに就任。ブックセレクトや展覧会の企画、書籍の出版、ブックシェルフコーディネートも手がけている。
http://post-books.info/

TOP