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CLASS ROOM

1軒のコーヒーショップから広がっていく、肩肘張らない豊かな暮らし

2021.09.29

CLASS ROOMは、ルミネが運営する暮らしをもっと楽しむためのカルチャースクール。さまざまなジャンルで活躍するゲストを招いてお話を伺い、ルミネマガジンとYouTubeルミネ公式チャンネルで配信しています。
2021年9月講座のゲストは、コーヒーショップ「ONIBUS COFFEE」のオーナー、坂尾篤史さんです。生産地に足を運び、きちんと理解した豆を扱う、サステナブルに目を向けるなどさまざまな取り組みをしていますが、それらは「特別なことではない」そう。その存在は、街に少しずつ変化をもたらしているようです。

>> インタビューを動画で見る:前編後編

地域コミュニティのハブになるコーヒーショップ

―ONIBUS COFFEEは、どのような経緯でオープンされたのですか?

僕はもともと、コーヒーが特別好きだったわけではありません。
父が大工だったこともあって新卒でゼネコンに入り、そのあと大工の勉強をして……と異業種で働いていました。建築業の人って、朝と10時と15時の1日3回、缶コーヒーを飲むんですよ。だから僕のなかではコーヒー=缶コーヒーというイメージでした。

ところがその後、もっと広い世界を見てみたいと思って行った海外でのバックパッカー旅行で転機が訪れました。オーストラリアで飲んだコーヒーが、それまで飲んだことのあるものとはまったく違う味わいだったんです。バリスタが1杯ずつ淹れていて、ブラックでもすごくおいしい。こういうコーヒーがあるんだ!と衝撃を受けると同時に、スタイリッシュなその空間がコミュニティの場、地域のハブになっていることにもおどろきましたね。こういう雰囲気を日本でもつくり出したいと思い、日本に帰ってからコーヒーの勉強を始めました。


―オーストラリアでの体験は、坂尾さんにとって本当に特別な出来事だったんですね。ONIBUS COFFEEのコンセプトについても教えてください。

「ONIBUS(オニバス)」は、ブラジルのポルトガル語で「公共バス」。ラテン語で“すべての人のために”という意味を持つ「オムニバス」の語源になった単語とも言われています。ブラジルは国土が広大なのでバスの交通網が発展しており、12時間や20時間かかる長距離バスも当たり前。そのため、バス停が人との出会いや別れの場、そして物流の起点になっています。

ONIBUS COFFEEも、コミュニティのハブになったり、訪れることで新しい出会いや発想が生まれ、次に進めるような場所になったらいいなと考えて名付けました。街なかにあることで、その地域が豊かになれるような店作りを目指しています。

ONIBUS COFFEE八雲店。

コーヒーを通して社会に還元したい

―コーヒーはどのようなところにこだわっていますか?

僕らはスペシャルティコーヒーというものを扱っていて、一番大切にしているのは“透明性”です。コロナ禍以降はパーセンテージが下がっていますが、コロナ前までは取り扱う豆の90%は実際に原産地に足を運び、どういう環境で、どういう人たちがつくっているのかを見てきました。

ただしそれは、あんまり特別なことではないと思っていて。シェフが野菜の農家さんを訪ねることと同じくらい当たり前のことというか、自分たちが扱うものの原材料がどこから来ているのか、どういうふうにつくられているか知りたいという好奇心が一番強い。要は、よく知らないものを提供したくないんです。


―ONIBUS COFFEEではサステナブルな取り組みにも注力していると伺いました。

いろいろと細かなことに取り組んでいます。たとえば店内のマテリアルに再生グラスを使ったり、ステンレスのストローに切り替えたり、内装の仕上げ材に廃材になるはずだったものをアップサイクルして使ったり。それから、コーヒーかすの堆肥化にも取り組んでいます。農家さんと連携して、本来はゴミになるコーヒーかすを堆肥に戻し、それをまた土に還す、そこから野菜を育てるという循環をつくることを目指しています。

でもそれも透明性の話と同じで、特別なことだとは思っていません。バックパッカー旅行ではオーストラリアのあとにアジアを巡ったのですが、そのときに、さまざまな社会問題を目にしたんです。児童労働やストリートチルドレンの問題、ヒマラヤの氷山がなくなっていたり、インドのゴミ問題も。そういうものを見て、世界はこの先どうなってしまうんだろうと考えていました。

そして、コーヒーの仕事を始めてから訪れたコーヒー農園にも、同じような景色がありました。当然のように児童労働が行われていたり、温暖化でコーヒーがつくれなくなっている地域があったり、農園の労働者たちの賃金が低かったり。そうやってつくられた食材をただ消費しているという現状が、すごくおかしいなと思ったんです。だからこそ、コーヒーを扱っていくうえでは、なにかしら社会に還元するようなことをしたい。なにをしていくべきか、チームで話し合いながら日々考えています。

海外にあるコーヒー豆の農園を訪れたときの1枚。

肩肘張らず、普段の生活に取り入れる

―1号店がオープンしてもうすぐ10年。変化は感じていますか?

この10年の間、東日本大震災やコロナ禍などいろいろなことがありました。それらの出来事も影響しているのか、店に来てくれる人たちと接していると、価値観や食品の透明性、それから地域のコミュニティに対する意識が年々高くなっている気がします。


―震災やコロナ禍を通してあらためて見直されるようになった、身近な暮らしや人とのつながり。そのハブになるのがコーヒーショップということですね。

僕らはコーヒーショップというものはインフラだと思っているんです。最初の緊急事態宣言のときは短縮営業することを選択したのですが、近所の人たちが顔を見に来てくれたり、リフレッシュしに来てくれたりしました。その後「ここのお店が開いているから気分転換ができて、あの時期を乗り越えられた」という声をいただけたことはうれしかったです。これからもそういう存在であり続けたいですね。


―坂尾さんが繰り返しおっしゃっている「特別なことではない」という言葉は、お店のスタンスそのものですよね。食品の透明性やサステナブルについてお客さまに啓蒙するのではなく、生活のなかに当たり前のこととして取り入れてもらうという。

そうですね。店内のPOPやホームページで打ち出すようなこともしていません。それよりも、肩肘張らず普段の生活に取り入れていってもらえたら。そういう人たちが自然と店に集まって増えていくと、街がよくなっていくと思います。さらに、同じような考え方のお店も増えていったらいいですよね。

ONIBUS COFFEE 八雲店。

自分の心の声に耳をかたむける時間

―坂尾さんにとって、よい暮らしとは?

自分らしくいられることが一番。最近、そう考える機会が多いです。
僕は月に数回、秩父の山に行ったり、相模原にある知り合いの畑を手伝ったりしているのですが、彼らとよく「都会の生活ってどうなんだろう」という議論になるんですよね。とはいえ、地方で暮らせば自分らしくいられるわけではないとも思います。都会か地方かは関係なく、自分らしくいられる場所を見つけることが豊かな暮らしをつくるのではないでしょうか。


―よく知らないものをお客さまに提供したくない、だから原産地に足を運ぶというように、坂尾さんの“らしさ”は違和感を覚えたことにとことん向き合うこととつながっている気がします。

たしかに、そうかもしれません。哲学者で「自分の心の声に耳をかたむけるのが豊かな暮らしを送るひとつの手段だ」と言っている人がいて、本当にそうだなと思います。ルーティンだけの毎日を送っていると、心の温度が下がってきてしまいますよね。ちょっとした違和感を覚えたり、風の感触や、帰り道にふと見た空の色合いに感動する。そういう自分の心にまず気づくことが大切だと思います。


―コーヒーショップで過ごす時間は、誰かとコミュニケーションをとる時間であると同時に、自分の声に耳をかたむける時間でもあるのかもしれないですね。

はい。それに、自分でその時間をコーヒータイムに使うという選択をすることも重要ですよね。情報が常にたくさん入ってきて、ゆっくりとした時間がとりづらくなっている今の時代だからこそ、自分の意思でちゃんと時間をつくることが大切だと思います。

坂尾篤史さんおすすめの、暮らしをもっと楽しくしてくれる一冊

『サーキュラーエコノミー実践 オランダに探るビジネスモデル』著:安居昭博(学芸出版社)
「この本は、日本ではまだまだ広がっていないサーキュラーエコノミーの概念と理論をわかりやすく説明しています。またサーキュラーエコノミー先進国のオランダの実践例を具体的に紹介しています。
自分たちが暮らす限られた地球で資源を循環させながら、今後どうやって循環社会を作り出していくべきなのかを見つめ直すきっかけになる本だと思います」


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<プロフィール>

坂尾篤史(「ONIBUS COFFEE」オーナー)
会社員を経て1年間のバックパックの旅へ。オーストラリアでカフェの魅力に取りつかれ、帰国後、バリスタ世界チャンピオンの店で修業を積む。2012年に独立し、世田谷区奥沢に「ONIBUS COFFEE」をオープン。現在は都内に5店舗、ベトナムのホーチミンに1店舗を運営。
https://onibuscoffee.com/


>> インタビューを動画で見る:前編後編

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