SUSTAINABLE

「中川政七商店」が描く、日本の工芸の豊かな未来
2025.08.01
生活雑貨から衣類品、季節の飾りまで、デザインと機能性を両立したアイテムで人気の「中川政七商店」。暮らしの道具選びに、あるいはギフトを探しにと、日常的に足を運んでいる人も多いのでは? 「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げてさまざまな事業に挑む、同社の魅力に迫ります。
利益よりも会社のビジョンを優先する
「中川政七商店」の歴史は長く、創業はなんと300年以上も前。江戸時代中期の1716(享保元)年、初代中屋喜兵衛氏が奈良の地で、武士の裃(かみしも)や僧侶の法衣などに使われていた麻織物「奈良晒(ならざらし)」の卸売りを始めたことに遡る。明治時代になると、風呂上がりの汗取りや産着などの商品を開発。高い品質を守ることにこだわり続け、汗取りは皇室御用達となったほど。時代の変化に伴い、困難な時期も何度も訪れたが、そのつど柔軟な発想で乗り越えてきた。
「300年超の歴史のなかでも大きな転機となったのは、2007年に『日本の工芸を元気にする!』というビジョンが生まれたことでした」と同社広報の佐藤菜摘さんは言う。「1953年には機械化が進むなかで手仕事を守るために韓国・中国に生産拠点を移し、茶道具事業や生活雑貨事業を始めるなど、時代に合わせて変化を続けてきました。そして、工芸業界の衰退のスピードが加速するなか、自分たちだけがよくなるのではなく、工芸業界全体が元気になる必要があると考えたのです」
「日本の工芸を元気にする!」という旗印を掲げたことで、何のために働くのかが明確になり、事業の進むべき道が鮮明になっただけでなく、アルバイトも含めたスタッフ全員が同じ価値観をもって働けるようになったそう。
「例えば、一般の会社では所属部署の売り上げを立てることを目標に働くことが多いかと思いますが、当社の場合は誰もが、自分の部署というよりも会社全体のことを考えて動いています。仮に自分の部署の利益に直結しなかったとしても、会社のビジョンを果たせるならやる、という決断をすることもありますね」
「300年超の歴史のなかでも大きな転機となったのは、2007年に『日本の工芸を元気にする!』というビジョンが生まれたことでした」と同社広報の佐藤菜摘さんは言う。「1953年には機械化が進むなかで手仕事を守るために韓国・中国に生産拠点を移し、茶道具事業や生活雑貨事業を始めるなど、時代に合わせて変化を続けてきました。そして、工芸業界の衰退のスピードが加速するなか、自分たちだけがよくなるのではなく、工芸業界全体が元気になる必要があると考えたのです」
「日本の工芸を元気にする!」という旗印を掲げたことで、何のために働くのかが明確になり、事業の進むべき道が鮮明になっただけでなく、アルバイトも含めたスタッフ全員が同じ価値観をもって働けるようになったそう。
「例えば、一般の会社では所属部署の売り上げを立てることを目標に働くことが多いかと思いますが、当社の場合は誰もが、自分の部署というよりも会社全体のことを考えて動いています。仮に自分の部署の利益に直結しなかったとしても、会社のビジョンを果たせるならやる、という決断をすることもありますね」

中川政七商店 コミュニケーションデザイン室 室長/広報・PRプランナーの佐藤菜摘さん。東京の下町で生まれ育ち、高校生の頃から「日本のものづくりを世の中に広める」という夢を描いていたそう
ものづくりと産地支援で日本の文化を守る
中川政七商店が「日本の工芸を元気にする!」ために取り組んでいるのは、大きく分けると「製造小売」と「産地支援」の2つの軸。工芸を今の暮らしに取り入れやすいかたちで消費者に提案するだけでなく、工芸メーカーの経営や流通をサポートすることで、工芸という日本各地に根づく文化をつなぎ、守るという使命に挑んでいる。
例えば、2024年の能登半島地震後は、被災した北陸の工芸の復興を支援するため、「北陸のものづくり展」を全国の直営店とオンラインショップで期間限定で開催。3100万円あまりとなった売り上げの全額を輪島塗・珠洲焼・九谷焼の各組合と石川県(企業版ふるさと納税)に寄付するという取り組みを行った。
「この企画では、3週間で7000名を超えるお客さまが支援してくださいました。お客さまからは『北陸の伝統工芸を知るきっかけになった』『工芸が日本の文化を残すことにつながるとわかってよかった』などの声をいただき、あらためて北陸の工芸が持つ魅力を多くの方に伝えることができました。中川政七商店らしい支援のかたちとなったように思います」
例えば、2024年の能登半島地震後は、被災した北陸の工芸の復興を支援するため、「北陸のものづくり展」を全国の直営店とオンラインショップで期間限定で開催。3100万円あまりとなった売り上げの全額を輪島塗・珠洲焼・九谷焼の各組合と石川県(企業版ふるさと納税)に寄付するという取り組みを行った。
「この企画では、3週間で7000名を超えるお客さまが支援してくださいました。お客さまからは『北陸の伝統工芸を知るきっかけになった』『工芸が日本の文化を残すことにつながるとわかってよかった』などの声をいただき、あらためて北陸の工芸が持つ魅力を多くの方に伝えることができました。中川政七商店らしい支援のかたちとなったように思います」

中川政七商店 奈良本店には、創業時から続く手績み手織り麻のものづくりを体験できる「布蔵」も。工芸や歴史・文化に触れるイベントやワークショップを開催するのも「日本の工芸を元気にする!」ための営みのひとつ
アイデアとデザインで工芸を身近な存在に
工芸メーカー向けのコンサルティングや教育講座、全国のものづくりブランドが集結する合同展示会「大日本市」の開催など、産地支援の活動は多岐にわたる。一方、ものづくりの面では、全国の800のメーカーと連携。社内の約15名のデザイナーとタッグを組み、商品開発を行っている。そんな中川政七商店から生まれる商品の魅力の一つが、工芸を日常に取り入れやすくする工夫がなされていることだ。
1995年の誕生以来、看板商品となっている「花ふきん」は、奈良の一大産業だった蚊帳(かや)の生地の吸水性や速乾性を生かしたもの。最大の特徴は、大判薄手であること。そして、「ふきん=使い捨て」というイメージを凌駕(りょうが)するほどに長く使えること。はじめは弁当包みや出汁をこす際の茶巾として使い、くたってきたら食器拭きに、その次は台拭きに、最後には雑巾にと、役割を変えながら長く愛用していけるサステナブルなアイテムとなっている。
「食洗機で洗える漆椀」も売り上げの上位を10年以上キープしているというロングセラー。漆器はプラスチックに比べると口当たりがよく、保温性が高い。ただし、熱や水圧に弱いという面もある。そのデメリットを解消した漆を、福井県にある越前漆器の老舗メーカーが福井県、福井大学との産学官連携により開発。そこに中川政七商店のデザイン力を掛け合わせることで生まれた。
この漆椀のように、ハードルが高い印象がある工芸の垣根を下げることで暮らしに取り入れやすくしたものもあれば、工芸のもともともつ魅力を応用した例もある。「常滑焼の塩壷」は、調湿性が高いという素焼きの陶器の特性を生かし、湿気で固まってしまう塩をさらさらの状態に保てる保存容器。一方、塩とは反対に乾燥で固まりやすくなる性質をもつ砂糖用には、つぼの内側に湿度を保つ釉薬(ゆうやく)を施した「常滑焼の砂糖壷」を開発した。いずれもすっきりとしたシンプルなデザインで、キッチンやテーブルに出しておいてもインテリアになじむところも好評を得ているという。
「従来の工芸品には『ハードルが高い』『手入れが面倒』というイメージを抱いている方もいるかもしれません。そんな方にこそ、使い勝手のよさと親しみやすいたたずまいで工芸を身近に感じていただきたいと考えています」
1995年の誕生以来、看板商品となっている「花ふきん」は、奈良の一大産業だった蚊帳(かや)の生地の吸水性や速乾性を生かしたもの。最大の特徴は、大判薄手であること。そして、「ふきん=使い捨て」というイメージを凌駕(りょうが)するほどに長く使えること。はじめは弁当包みや出汁をこす際の茶巾として使い、くたってきたら食器拭きに、その次は台拭きに、最後には雑巾にと、役割を変えながら長く愛用していけるサステナブルなアイテムとなっている。
「食洗機で洗える漆椀」も売り上げの上位を10年以上キープしているというロングセラー。漆器はプラスチックに比べると口当たりがよく、保温性が高い。ただし、熱や水圧に弱いという面もある。そのデメリットを解消した漆を、福井県にある越前漆器の老舗メーカーが福井県、福井大学との産学官連携により開発。そこに中川政七商店のデザイン力を掛け合わせることで生まれた。
この漆椀のように、ハードルが高い印象がある工芸の垣根を下げることで暮らしに取り入れやすくしたものもあれば、工芸のもともともつ魅力を応用した例もある。「常滑焼の塩壷」は、調湿性が高いという素焼きの陶器の特性を生かし、湿気で固まってしまう塩をさらさらの状態に保てる保存容器。一方、塩とは反対に乾燥で固まりやすくなる性質をもつ砂糖用には、つぼの内側に湿度を保つ釉薬(ゆうやく)を施した「常滑焼の砂糖壷」を開発した。いずれもすっきりとしたシンプルなデザインで、キッチンやテーブルに出しておいてもインテリアになじむところも好評を得ているという。
「従来の工芸品には『ハードルが高い』『手入れが面倒』というイメージを抱いている方もいるかもしれません。そんな方にこそ、使い勝手のよさと親しみやすいたたずまいで工芸を身近に感じていただきたいと考えています」

左から時計回りに、「花ふきん」「常滑焼の塩壷」「常滑焼の砂糖壷」「食洗機で洗える漆椀」
今秋にはニュウマン高輪に新店舗も
中川政七商店がビジョン実現に向けて大切にしていることの一つが、「工芸の出口を増やす」こと。生活雑貨の領域を超えて、工芸の出口、つまり工芸が活躍する場を広げるための取り組みを行っている。例えば、2024年には、地域に根差すメーカーとデザイナーにタッグを組んでもらい、新たなプロダクトを募集する「地産地匠アワード」を立ち上げた。こちらは受賞者と販売・流通まで責任を持って伴走するのが特徴で、まさに「出口をつくる」ことにつながっている。また、コンサルティングの拡張版として、全国各地で行政とも協力しながら、地域の事業者やクリエイターにビジネスのメソッドを共有する教育講座も行っている。
さらに、今年はロゴをリニューアルし、2030年までに初の海外旗艦店をオープン予定というニュースを発表した。
「生活様式が異なるエリアでは、日本の道具は暮らしに合わないのではないかという懸念から、実はこれまで海外展開には慎重になっていました。ですが、工芸の出口を増やすにはやはり挑戦すべきということで、各国に合うジャンルや商品を検証しながら、準備を進めています。海外向けに商品をアレンジするのではなく、日本の文化をそのまま届けることを目指しています」
さらに、今年はロゴをリニューアルし、2030年までに初の海外旗艦店をオープン予定というニュースを発表した。
「生活様式が異なるエリアでは、日本の道具は暮らしに合わないのではないかという懸念から、実はこれまで海外展開には慎重になっていました。ですが、工芸の出口を増やすにはやはり挑戦すべきということで、各国に合うジャンルや商品を検証しながら、準備を進めています。海外向けに商品をアレンジするのではなく、日本の文化をそのまま届けることを目指しています」

奈良本店内に2024年にオープンした「奈良風土案内所」。スタッフが厳選した奈良県内のおすすめスポットを紹介するカードや季節のみやげものなどが並ぶ
今年の秋には、国内4軒目の旗艦店となるニュウマン高輪店が誕生する。コンセプトは「東京の玄関口で出会う、日本の暮らし」。
「高輪エリアは高台で、江戸時代には月の出を拝む『月待ちの文化』があったそうです。年に2回、『二十六夜待ち』という風習があり、屋台でお酒や美食を楽しんでいたのだとか。そこからヒントを得た、関東のお酒や酒器、おつまみをキュレーションしたコーナーが登場します」
このほか、季節にちなんだワークショップ企画など、旗艦店ならではのアイテムやイベントを多数予定しているという。新たなランドマークの誕生が楽しみだ。
■中川政七商店
https://www.nakagawa-masashichi.jp/
>> ルミネ・ニュウマンのショップはこちら
※本記事は2025年7月30日に『&Illuminate』に掲載された記事を再編集しております。
※情報は記事公開時点のもので、変更になることがございます。
Text: Kaori Shimura, Photograph: Ikuko Hirose, Edit: Sayuri Kobayashi
「高輪エリアは高台で、江戸時代には月の出を拝む『月待ちの文化』があったそうです。年に2回、『二十六夜待ち』という風習があり、屋台でお酒や美食を楽しんでいたのだとか。そこからヒントを得た、関東のお酒や酒器、おつまみをキュレーションしたコーナーが登場します」
このほか、季節にちなんだワークショップ企画など、旗艦店ならではのアイテムやイベントを多数予定しているという。新たなランドマークの誕生が楽しみだ。
■中川政七商店
https://www.nakagawa-masashichi.jp/
>> ルミネ・ニュウマンのショップはこちら
※本記事は2025年7月30日に『&Illuminate』に掲載された記事を再編集しております。
※情報は記事公開時点のもので、変更になることがございます。
Text: Kaori Shimura, Photograph: Ikuko Hirose, Edit: Sayuri Kobayashi