LUMINEの1枚のポスターから生まれたショートストーリー。 夏を迎える前のあなたの、呼吸が少しだけ深くなる。 そんなヒントがあるかもしれない小さな小さな物語です。
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第2話

好きしかない恋なんて

やっぱ、海かね?
土曜の15時、テラス席に座れたのはラッキーだった。4人そろって、塩レモネード。神宮外苑の緑は、夏本番を待たずして、すでに緑を濃くしている。
まー海かなぁ
汗をかいたグラスを撫でながら、わたしは答えた。

社会人になってから季節の変化に強迫観念みたいなものを感じるようになった。初詣行かなきゃ、桜見なきゃ、GWBBQしなきゃ。夏が来るなら海行かなきゃ。
デザイン事務所で日々入稿に追われているチカがぼやいた。
でもわたし、金と月、両方は休めないなぁ
お盆はどこも高いしね
そういうマユミは、お盆休みは年下の彼とグアムに行くことを決めている。

今年は2泊3日が限界かー

大学の同級生の4人組。社会人3年目の25歳。このメンバーで、旅行するのも、なんだかんだ7回目だ。
石垣? 宮古? 本島?
2泊じゃ沖縄は、もったいなくない?
しっかり者のカホがいう。
たーしーかーにー。むしろコスパならグアムにする?
チカのいじわるに、マユミが慌てる。きっとどこの海だって、わたしたちのやることは変わらない。気の置けない女同士でビキニ着て、サマードレス着て、写真撮って、お酒飲んで、名産食べて、お喋りする。でもそれが楽しいし、それ以上に楽しいことって、そんなにはない。

誰かいい人、いないかなー
今年の夏を想像しながら、わたしは無意識につぶやいていた。
出たっ! 捜索願い!
マユミにすかさず突っ込まれる。
だから一緒に行こうよ。今夜の飲み
ってか、なんでマユミが行くのよ。彼氏できたばっかりなのに
いろいろあんすよ。年下くんも
ほぼなにもないマユミのいろいろをひとしきり聞いて、お会計をお願いした。氷が溶けたレモネードみたいに、わたしの恋モードは薄まるばかりだ。

17時半を過ぎた頃、またねと言って別れた。カホとマユミは飲み会という名の合コンに行き、チカは「スパイス香る夏カレー」を同棲中の彼が作って待っているらしい。わたしは信濃町まで、野球のユニフォームを着た人の波に逆行しながらひとり歩いた。今日は神宮球場でナイターがあるらしい。

今日も楽しいけど、幸せではない。
そんな感覚が、自分の中にずっとある。幸せって自己責任なのだ。自分の人生が期待以下だからといって誰のせいにもできないし、誰かに楽しませてなんて、お願いできるわけもない。理由もないのに愚図っていいのは、赤ちゃんだけだ。
なんだか孤独だと思った。

ビールを片手に、空いている席に腰をかけた。ブルーのシートは、7割がた埋まってきている。東京の真ん中が、ぽっかり抜けたような美しい空。

電光掲示板に、選手の名前が表示されると、スタンドから、わぁっと歓声が上がった。メガホンをガンガンと叩き、今日こそ打てよ〜なんて声が、あちらこちらから聞こえてくる。声援なのか、野次なのか。
どこを観ればいいのかわからないうちに、あっという間に5回の攻撃まで終わっていた。2対0で、ヤクルトが負けている。わたしの座っている応援席は、どうやらホームチーム側だった。期待と消沈を繰り返す熱気に包まれ、わたしはフワフワした気分になっていた。もちろんビールのおかわりも効いている。

近くに座っていたおじさんが突然立ち上がり、バッターボックスに向かって叫んだ。
おーい、一発頼むよー お願いだよぉー
その必死な懇願ぶりに、まわりの人たちも笑っていた。
シュッワッ。
バットのスイング音が、聞こえてくるような空振りだった。
なんだよ! なんだよ! お前らしいな! よく振った!
おじさんは立ったまま拍手をしている。

応援するっていいな。
どんな空振りだって、ヒットやホームランを狙ってバットを振るんだ。
好きだけを集めた人生は、きっと自分も相手も追いつめる。
ちょっとムリあるビキニだって、可愛いって言ってもらえる恋がしたい。この夏のわたしを、まずは応援してあげたい気分になっていた。

Written by Mariko Ogata

好きしかない恋なんて。

尾形真理子

クリエイティブディレクター/
コピーライター
おもな仕事に、LUMINE、資生堂、キリンビール、東京海上日動あんしん生命、日産自動車、
Tiffany&Co.など。
東京コピーライターズクラブ会員。TCC賞、朝日広告賞グランプリ他受賞多数。試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。(幻冬舎)で、小説デビュー。

蜷川実花

写真家、映画監督
木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。映画さくらん(2007)、ヘルタースケルター(2012)監督。映像作品も多く手がける。2016年、台湾の現代美術館(MOCA Taipei)にて大規模な個展を開催し、同館の動員記録を大きく更新した。2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事就任。

関谷奈々

アートディレクター
ルミネ シーズンビジュアルの アートディレクターを2014年から手がける。他にNEWoManのロゴ開発、KOSE、サントリー、LAWSONなど、グラフィックからパッケージのデザイン、ロゴ開発まで幅広く手がける。

八木莉可子

滋賀県出身。
雑誌seventeenが開催するミスセブンティーン2016のグランプリを獲得し専属モデルとして活動中。
ドラマ、広告に出演するなど女優として活躍の場を拡げている。

Special Short Story
One piece of a woman